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* それはとても、晴れた日で *

かきたいときに、そのときかきたいことを無節操に。

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【銀魂二次】君を殺すのは僕だから、僕は君より先に逝く【沖田・土方】
銀魂。沖田さんと土方さん。もうツライ。二人の関係がツライ。そんなわたしは沖土派。








 真選組副長、土方十四郎が拉致された。



 その一報が屯所に齎された時、史上かつてない緊張感が組内に走り抜けた。
 縁側で呑気に弟分の総悟と茶を飲んでいた局長近藤勲の顔が一気に険しくなる。普段のおおらかさからは想像もつかない、これはこれで鬼と呼んでも間違いではない表情は普段近くに居ない隊士たちの息を飲ませるのには充分だったが、幹部連中は気にも留めない。
 すぐさま縁側から腰を上げ幹部会議に使う大広間へ向かう近藤の後を、弟分であり一番隊隊長という幹部でもある沖田総悟が追い、その他屯所に残っていた隊長連中が続く。監察方筆頭の山崎退が外に出ている隊長たちを携帯で呼び戻しつつ、傍に居た部下の篠原に監察方全召集の指示を飛ばす。
 一分と経たず、大広間の襖はぴしゃりと閉じられた。



 事の次第はこうだった。
 土方は本日、入隊して一年ほどの平隊士と市中見廻りに出ていた。
 本当はまず、ここからしてあり得ない。真選組の幹部と言えば一市民にも顔が知られた存在で、それはつまり敵方から狙われる頻度とその危険度が大きい。よって、隊長ならば伍長と、副長ともあれば隊長と組んで見廻りをすることになっていた。
 それが今日に限って何故、と言えばそれはやはり総悟が原因だった。相も変わらず総悟が見廻りをサボったため、その穴埋めとして土方が入り、あぶれた隊士と組むことになった。
 今更それで総悟を責める者など居ない。総悟が見廻りをサボるのは日常であり、何だかんだと言いながら結局総悟に甘い土方が、書類仕事の気晴らしも兼ねて総悟の穴埋めをすることも日常茶飯事であった。
 それは一重に、特に事件の臭いのない日であったからだとも言えた。
 何かしらの不穏な気配がある時や捕り物の前後であれば、総悟は絶対にサボらない。見廻りに出た後でふらふら好き勝手に歩き回ることはあれど、何かが起これば必ずその場に居る。それを、土方を含めた全員が知っているからこそ、今回も誰もそこには触れずに話は流れていく。
 本来ならば起こりえない事態が何故起こったのか。
 それは全くの偶然であった。
 見廻り中、路地裏で町娘がやくざ者数人に絡まれていた。そこに仲裁に入ってみれば、そのチンピラどもはとある攘夷党と繋がりのある組の構成員だった。しかしまあそんなことも良くある話だったので、土方はいつもの通り獲物を抜いた。ただし連れが心許なかったので(この血気盛んな職場で一年生きていられれば充分な方ではあるが)、斬り合いは自分に任せて応援を呼ぶよう指示を出した。斬るだけなら自分一人で充分だが、娘があちらの手にあるのでは少々分が悪い、と。
 しかし奴らの仲間がそこかしこからうじゃうじゃと湧き出て来て、応援を呼ぶ前に連れの平隊士はあっさりと捕まり、娘を盾にされ、仕方なく土方は投降したという。ちなみに相手は鬼の副長捕縛に興奮し、連れの隊士も娘もさっさと放り出して去って行ったそうだ。この報も、それでもそこそこに痛め付けられた平隊士が大慌てで帰還し、今この広間の中で半泣き状態で報告している。
 そこまで聞いて、山崎はすぐに襖を開けて外に控えていた監察方の部下に何言か指示を出した。板張りの廊下を数人のばたばたした足音が遠のいていく。
 山崎が閉めようとした襖の隙間に、がっと手が入って押さえられ、すぱんと開かれる。足音もなく気配もなく、廊下に滑り出る男が一人。
 「…総悟!」
 近藤の鋭い声がその背にかけられ、男はぴたりと立ち止まり振り返った。目の奥が、冷えている。いや、揺れているのか。蒼い炎がちらちらと、ゆらゆらと。
 「相手はやくざ者なんでしょう。モタモタしてたら、あの人、死にますぜィ」
 そのまま去って行く背中に、仕方ないなと近藤は一つ息を吐いた。
 「一番隊は俺が預かる。二、三、四番隊は組事務所囲め! その他の隊は監察と連携取って奴らのアジト潰してけ!」



           ***



 まず逃げられないように両脚を折る。鉄板だ。生きて返すつもりがなければ斬り落としたっていい。それをしないということは、一応自分は人質として扱われているらしい。両脚の骨を折られる当たり前の痛みを奥歯を噛み締めながら堪えた土方は、あくまで冷静に客観的に状況を推察した。
 拷問には慣れている。それはされる方ではなくする方であったが、だからこそ、これから自分の身に起こることの大体の予想が付くから心構えも出来るし、その度合いによって奴らの考えが読めるとも思う。
 ナントカ組とかいうこのチンピラどもの組は、どっかの攘夷党と繋がっていると言えば確かにそうだが、その繋がっている攘夷党含め、桂や高杉のような思想や理念がある訳ではなく、所詮攘夷戦争後に行き場のなくなった浪士どもの集まりだ。捕えられた時、特にこちらに吐かせたい情報なんてなく、怨恨で嬲り殺しにするだけだろうと思っていたから、僅かに延びた命で何が出来るかを考える。
 しかしまあ、組織の末端のチンピラと言えど、そこはさすがに極道者。一応拷問の手順は知っているらしく、逃げ出すための脚を折られた時点で自力脱出の望みは9割がた絶たれたと思っていい。煙草が吸いてェな、とひそり土方は小さな溜め息を漏らした。
 腕は縛られ頭上固定。脚は折られてぶらんぶらん。目の前には木刀を持った複数の男たち。勿論奴らの腰にはしっかり獲物もぶら下がっている。こんなところで死ぬ気はないし、このまま黙って殺られてたまるかとも思うが、多分状況的には最悪だろう。
 こういう時、嗤い出したくなるのは土方の悪い癖だ。厭らしく凶悪に嗤って見せて、殺れるもんなら殺ってみろと唾を吐いてやりたい。昔の己ならきっとそうしていて、半刻後には全身下ろされて魚の餌か、コンクリ詰められてやっぱり海の底か。
 けれど、今はそれはしない。土方は首を落として目を閉じた。
 己が懸けた命はこんな奴らのものじゃなくて。己が賭した道はこんな奴らに潰せるものじゃなくて。己が生ある限り護りたい大事なものがあって、それを護るためなら、どんなにみっともなくてもどんなに恥辱に塗れても、生きなければならないと思うから。
 静かに目を瞑る土方の胸板に、容赦なく木刀が振り下ろされた。しかし土方は呻き声一つ漏らさないし、顔も上げない。
 拷問する側にとって何が一番苦痛か、土方は良く知っている。何も反応しないこと。
 やはり相手は苛立たしそうに今度は伏せた顔に横から木刀を振って来た。頬が抉られ血が流れ、ついでに口内にも血が溢れるが土方は動かない。
 ――俺とてめェらの我慢比べだ。
 表面はあくまで無表情に。けれど心の内では先ほど思い浮かべた以上に凶悪に凶暴に嗤って。
 舌先を、左奥歯の更に奥、昔抜かれた親知らずの痕に伸ばした。



           ***



 山崎たち監察方がその場所を割り出したのと、組事務所に乗り込んだ二番から四番隊が組長からその場所を聞き出したのはほぼ同時だった。
 屯所に報が入って僅か半刻ほど。これを普段の捕り物で生かせれば、と言う者もあるかもしれないが、普段から同じことをやっていたら確実に今は居ない人の雷が落ちる。それほどに荒々しく、強硬なやり口であった。チンピラ警察なんて渾名は案外可愛いものだったのかもしれない。
 しかし仕方がないのだ。現場に向かうパトカーの中で山崎はほんの少しだけ眉を顰める。それを諌めるべき人が居なければ、この荒くれどもは誰にも止められないのだ。



 到着したのは何の変哲もない雑居ビル。階上には組の傘下の小さな事務所やキャバクラや街金などが入居しているが、一番先に乗り付けた総悟が迷わず向かったのは地下だった。同じパトカーに乗っていた山崎もそれを止めることなく後に続く。後ろ暗い連中が後ろ暗いことをやるのは穴倉の中だと相場が決まっているのだ。
 まるで旋風のように地下に消えた総悟を足早に追う山崎の視界の向こうで、間断なく血が噴き上がる。悲鳴一つ、断末魔一つ聞こえない。ごろりごろりと首を落とされていく連中も、一体誰が、自分に何が起こっているのかも分からないままに違いない。
 それほどに総悟の剣は早く、その身のこなしも山崎の目でさえ捉えられない。結局山崎は諦めて、落ちている首を道標に総悟を追った。ヘンゼルとグレーテルのパン屑より分かりやすい目印だ。
 そうしてようやっと、そう広くもないフロアの一番奥の部屋の出入りにその背中を見止めた。
 総悟の背中の向こうに見える状況は、大体山崎の予想通りだった。
 壁際に押し付けられている土方の姿。両手首は天井から垂らされた鎖に縛られ肩が外れてるんじゃないかと思うくらい吊り上げられ。左腕は変な方向に曲がっている。俯いているから顔の具合は分からないが、重く垂れさがった黒い前髪から血が閉め忘れた蛇口のように垂れていて。上半身は素肌に暴かれ、そこも真っ赤に染まっていた。肌に直接付けられた傷から流れる血の上を、鼻か口からか溢れた血がだらりと上塗りしていく。両脚は当然のごとく折られていて、無造作に投げ出されていた。
 一目見ただけでは、生きているのかどうかも定かではないのかもしれない。けれど山崎には伝わっていた。山崎に伝わっているということは、当然総悟にも伝わっていた。
 ――これは獣の気配だ。獰猛で凶暴で凶悪な、周り全てを喰らい尽くしても収まらない、命を貪る獣の気配だ。
 この気配に気付かず嬲り続けたのであろう目の前の三流以下の男たちに、山崎は心底の呆れと同情を覚えた。そして、そんな生き物の本能を忘れた畜生を狩るのが真選組随一の天才剣士の剣であることを、心底勿体ないと思った。



 突如音もなく気配もなく現れた総悟に、部屋の中の空気は呆けたように止まっていた。
 一人、奥に眠る獣だけが、ゆらりと澱んだ空気を震わせる。
 ゆっくりと上向かれた顔は、惨状から見ての想像通りの状態で、けれどその顔は、捕えられてから初めて表情を描く。総悟の方に目をやっていた男たちは気付かなかったけれど。そしてそれを目にすることもないまま、消えて行くのだけれど。
 獣が、嗤う。身に纏う気配そのままに、獰猛に凶暴に凶悪に、滴る己の血すら啜り尽くさんほどに。
 ……その真っ赤な口から吐き出された真っ赤な“何か”に、初めて山崎の目の前の背中が動揺に揺れた。それと同じほど、山崎も衝撃を受ける。
 “それ”は、真選組幹部隊士が全員持っているものだった。監察方筆頭の山崎も持っている。当然総悟も例外ではない。
 左奥歯の更に奥、親知らずを引っこ抜いて埋められたもの。
 “それ”は小さなカプセルだった。そのまま飲み込めば、その時の胃の状態に多少は左右されるだろうが四半刻もあれば中身が溶け出して。噛み破ってしまえば、その瞬間に。
 命を終わらせるモノ。
 こうやって不慮の事故で敵方に身柄を拘束されたり、それによって幕府に不利益を齎すような事態になった時には潔くそれを使えと、真選組発足時に幕府から支給されたモノ。
 今この状況がその時な訳がない。この馬鹿どもが真選組副長を有効活用出来るほど知恵を持った集団だとは到底思えないし、それは土方だって分かってたはずだ。
 けれど土方は、生を貪る獣の気配を発しながら、それと同じだけ死を見据えていた。
 ――彼にとっては、真選組が全てなのだ。己が近藤を護れるものかそうじゃないか、それだけが己の生き死にを決める全てなのだ。
 分かっていたことだったけれど、分かり過ぎるほど理解していたことだったけれど、改めてその生き様を見せ付けられて、山崎は瞑目した。
 戦場を駆ける脚を失くしたら。剣を握る腕を失くしたら。仲間の声を聞き分ける耳を失くしたら。素早く意思疎通を図る口を失くしたら。戦況を見据える目を失くしたら。戦術をひねる頭を失くしたら。
 あの人は迷いなくあのカプセルを噛んだのだ。同じだけ生の可能性に縋り執着して最後の最後まで諦めず、けれどいざその時が来たら、何の迷いもなく毒を自ら飲み込んだのだ。
 彼の人は、自分の仲間たちは、どんなになっても自分を捨てないと理解しているから、尚更に。



 不意に、息が止まるほどの圧を感じて、山崎は思わず自分の喉に手をやった。空気がびりびりと震えている。訳もなく足が竦む。腰が抜けそうになる。これは何だ。背筋が凍る。これは、恐怖だ。
 恐怖を齎す原因を探る。それは目の前。目の前の黒い背中。真選組一番隊隊長にして真選組随一の剣の使い手、沖田総悟の黒い背中。
 その、殺気。
 知らずよろけた山崎の背中が何かに当たり、尻餅を付くのを防いだ。反射的に見やれば、そこには局長近藤の姿。これほどの殺気を間近に浴びているのに、視線は鋭く、口元は微かに笑みを浮かべている。
 気付けば周りには、各隊の隊長が全員揃っていた。その誰もが、近藤と同じ顔をして総悟を見つめている。
 誰かの、ごくりと唾を呑む音が聞こえた気がした。
 誰かの、あいつの本気を見るのは久し振りだな、と呟く声が聞こえた気がした。



 「……そいつを殺るのは俺なんでィ」






 ――――てめェらちょっと、オイタが過ぎたな。






           ***



 幾人もの血で浸水したかのような床に、ぷかぷかと小さなカプセルが浮かんでいる。
 抜き身の刀そのままに壁際の土方へ歩を進めた総悟のブーツの底で、カプセルはぱきりと割れた。
 それを血に塗れた視界の中で見やった土方は、吐息のように微笑って目を閉じた。
 二匹の獣の気配は静まり、二対の刀はまたひとたびの休息に眠る。
 彼は彼にも信を置き、彼は彼をも大切に思い、だから彼は彼に甘え、そして甘やかす。
 そして彼は彼をも護り、だから彼は彼をも殺すのだ。
 ――だけどやっぱりこれからは、仕事はサボらないでくださいね。
 そんな山崎の言葉は、けれど結局、届きはしない。

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