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銀魂/土ミツ/長編/エロ有(超ヌルイ)
(その3)の続き。
(その3)の続き。
***
それは唐突と言えば唐突で、どこかで知っていたと言えば知っていた。
夢の終わり。
夢の先に現実はない。夢は現実に続きはしない。
明けない夜がないように。醒めない夢もまた、ないのだ。
貿易商を営む大商人が、攘夷浪士と武器の密輸取引を行っている。その裏には案の定、どこぞのお大尽様の影。
監察方が持って来た情報を精査し、明日の取引現場を抑える算段を練っている土方の元に、慌ただしい足音が近付いて来た。
すぱんと部屋の障子が開かれると同時に、何事だ、と土方は駆けて来た相手を見上げる。山崎だ。つい半刻ほど前に今精査中の手元の資料を提出させたばかりのはずだったが、状況が変わったのかと土方の目は鋭くなる。
「副長! 大変です!」
大変なのは様子を見れば分かるから、非常時にはまず結果から先に言え、と何度もそう身体に教え込んでいるのだが、それでもこの男はいつも同じ台詞を繰り返す。ひょっとしてこいつマゾかドMか、と早くも拳を鳴らす土方に、けれど山崎は気付きもせずに叫んだ。
「ミツバ殿が倒れて…!!」
…その一瞬の間を、どう説明したらいいのだろう。
まさかと手から力が抜ける感覚と、頭の中では冷静に今目の前のこの仕事に後どのくらいの時間を要するのか、そのために私として使える時間はどのくらいかと計算する音と。
病院に、と喚き続ける山崎の声が遠い。
「副長?!」
きゅっと窄まった世界の外から、ぬっと山崎の腕が伸びて来た。肩を揺らされてやっと、土方は我に返る。
「…あ、ああ、今行くから表に車回して来い」
「もう準備出来てますからさあ早く! 沖田さんは見廻り中で外にいらしたんで、もう直接向かってますから」
立ち上がって表に向かう土方の手に、未だしっかり明日の資料が握られているのを見て、山崎は酷く哀しそうな顔をした。
土方が到着した時には、既にミツバが収容されている集中治療室の前に近藤と総悟が突っ立っていた。
トシ、と近藤が振り返り、じっとガラスの向こうを見つめたまま動かない総悟の代わりに、状況を説明してくれる。曰く、ここ数日体調が悪く臥せっていたようだが、日に一度の監察方見廻りでやって来た隊士に茶を出そうと起き上がったところで血を吐き、意識を失ったという。それはすぐに山崎に連絡が行き、山崎が機転を利かせて事情を知る松平に直接連絡をして警察ヘリを一機回してもらい、緊急で江戸で一番の大病院で警察御用達のこの大江戸病院に運び込んだのだそうだ。そうしてまずは外に居る近藤と総悟に連絡を取って病院に向かわせ、自分は屯所に居る土方を連れに行ったのだという。
よってまだミツバの治療は始まったばかりで、容態の如何は分からん、と近藤は顔を歪めた。
山崎はお手柄だな。そう言って土方は少し笑おうとしたのだが、結局それは変な風に口元が歪んだだけだった。
土方も二人に並んで集中治療室の前に立ち、中をちらりと覗く。常に血の気のないミツバの顔色は今は土気色に近くなっていて、目は閉じられたまま、荒い呼吸だけが続いている。
ミツバの体調が悪いことは、当然土方の耳にも入っていた。気にはなっていた。出来ることなら見舞いに行きたいとも思っていた。けれど明日に控えた大捕物を前に土方の身体が空くはずもなく、実際ここのところの土方は余り睡眠すらも取れていないような状況だった。
時計をちらと見やる。中の様子にもう一度だけ視線を投げる。そして土方は一瞬だけ、こちらとあちらを隔てるガラスに触れて、そして、踵を返した。
トシ?! と驚く近藤に、一旦戻る、と土方は背中で応える。後ろに控えて心配そうな顔をしていた山崎のポケットから車のキーを奪い、何かあったらすぐに連絡しろ、と言い置いた。
そうして二歩進んだところで、首筋にぴたりと刀の切っ先が突き付けられた。
「…どういうことでィ」
「…何がだ。総悟、俺は今一秒でも時間が惜しい」
「姉上ほったらかしてどこに行くつもりだって言ってんでィ」
「聞いてなかったのか。一旦戻る。明日の件がまだ片付いていない」
びゅっと刀が風を切る音がして土方も抜刀したが、二人の刀が合わさるより早く近藤が総悟を後ろから羽交い絞めにし、山崎が二人の間に割って入って来た。
「副長も隊長も止めてください! 一応ここ、公共施設ですから!」
総悟の眼が爛々と光っている。赤い眼のくせして、温度は痺れるほどの極寒だ。その眼を、土方も鬼と呼ばれる眼差しで返す。くっと嗤って吐き捨てた。
「仕事とわたしどっちが大事なの、ってか? てめェはやっぱりまだガキだな、総悟。いいさ、お前は明日出なくていい。ずっとここに居ろ」
「トシ!!」
近藤の悲痛な叫びが廊下に響き渡る。場所柄的に人なんぞほとんど居ないかと思いきや、病院関係者は意外に居て、先ほどから四人の様子を怯えながら遠巻きに眺めている。
今度こそ、土方は振り返り歩を進めた。総悟の視線が背中越し、心臓を握り潰しそうなほどに貫いて来ているが、頓着しない。先ほども言った通り、今の土方はコンマ一秒すら惜しいのだ。
「…俺は最初に言ったはずだぞ。俺が命張るのは近藤さんだけだってな」
「待て、トシ!!」
去りかけた土方の背中を近藤が呼び止めて来る。
「俺は、お前や総悟がそうやって俺のこと言ってくれるのはすごく嬉しいよ。けどなあトシ、そのことで自分殺すぐらいだったら俺ァそんな命いらねーよ。俺はそんな頼りないか? お前らに護ってもらわないと駄目なくらい弱いのか?}
「…近藤さん、あんた勘違いしてるよ」
ていうか、本当は分かってんだろ? 立ち止まることなく歩き続けながら、土方はちらりと肩越しに一瞬だけ視線を向けた。
「俺が護るのはあんたという“個”じゃねェ。あんたという“全”だ」
***
病院の駐車場に停めたままの車の中で夜が明けた。白々と差し入ってくる朝日が目に染みて、土方は薄く閉じていた瞼を開く。
車に備え付けの灰皿にも、何本も飲んだ缶コーヒーの空き缶にも、吸い殻が山のように溢れ返っていた。そして懐に手をやると、そこには空箱の感触しかない。チッと舌打ち一つダッシュボードを開けるが、そこに詰めていた予備は昨日一晩で全て吸い尽くしてしまったらしい。
クソッ、と悪態を口に出したところで、こんこんと土方の座る運転席の窓が叩かれた。
「…副長。煙草買って来ました」
山崎が、窓の向こうでにへらっと笑って手を振っていた。
土方が運転席から助手席に身体をずらすと、山崎がドアを開けて入って来る。瞬間、煙草臭っ、と叫んで全部の窓をフルオープンにした。煙草のついでにコンビニで色々買い込んで来たのだろう、土方には煙草と缶コーヒーとマヨネーズとおにぎりを渡し、後部座席にはあんぱんと牛乳と煙草のカートン数本を放り出して、空いたビニール袋に吸い殻と空き缶を回収していく。
「…で、どうなんだ」
煙草の封を切り早速一本口にくわえながら土方が問うと、あんたどんだけ吸ったんですかマジでそのうち死にますよ、とぶつぶつ言いながら片付けていた山崎が一瞬その手を止め、ふっと溜め息を吐いた。
「一応今んとこ容態は安定してますよ。まだ目は覚ましとりませんがね。今晩があるんで、局長には先ほど仮眠願いました。沖田さんにも言ったんですけど、あっちは…」
ふるふると横に首を振り、山崎は暗い顔で俯く。それについては特にコメントはせず、
「てめェは寝たのか」
とだけ土方は言った。
「はい、夜中に少し。本当は立場上局長を先に寝かすべきだったんですがね、こんくらいの時間にはあんたが屯所に帰らんとならんだろうと思いまして、お先に」
全くまぁ、良く出来た部下だと思う。土方は短くなった煙草をたった今綺麗に片付けられたばかりの灰皿に放り込み、ちょっと便所、と車を降りた。
俺朝飯食っちまうんでごゆっくり、と背中にかけられる声に、出来過ぎる部下ってのも嫌なもんだなと、土方は口を曲げた。
朝を迎えたばかりの病院の中は、とても静かだった。土方の足音だけが、こつん、こつんと沈み、それ以外には何の気配もない。生者の息吹も、死者の吐息も。
再び戻って来た集中治療室のガラス前、総悟がその向かいに備えられているソファに腰を下ろして顔を俯けていたが、特に声もかけず土方はガラスの向こうを見る。
たくさんの機械に埋もれて、たくさんの管がその身体に繋がれて、けれどミツバの寝顔は穏やかそうだった。窓にかかるカーテンに滲む朝陽がぼんやりと部屋を包み、どこか別世界のように遠い。
何の気配もない。生者の気配も、死者の気配も。
その静謐な空間に在る異物は己かと、きっかり五分、指先で触れたガラスが温く熱を持ち同化したところで土方は背を向けた。
元々己が向かうは地獄への旅路、最期はこうして背を見せることになると、ずっと前から知っていたのかもしれない。
そうして夜。大捕物が終わって土方が病院に戻って来た時には、ミツバの身体からは全ての機械が取り外され、ただ静かに、その存在は空気に溶け出し始めていた。
港の取引現場に向かった一番隊、その隊長の総悟は出動前にふらりと屯所に戻り、土方とも近藤とも目を合わせずそのままふらりと出て行き、さっさと勤めを終えて現場からふらりと消えたらしいが、その姿は予想通り、ミツバの横に在った。
検分役からの報告曰く、今夜はいつにもまして鬼神の如し立ち回りであった、と。
他の追随を一切受け付けず、一人でほぼ全ての下手人を斬り捨て、しかも一太刀で沈めていた、と。
片や土方と近藤は政治色の強い、闇商人の裏に居るお偉方の屋敷への奇襲部隊に回っており、しかし偉いさんと言えど所詮根源の幕府中枢から見たら末端の末端でしかないそのお大尽様が、蜥蜴の尻尾切りに遭うのを見届けてから後を託して来た。
近藤に肩を押されるまま、土方はミツバの眠る部屋に入る。
歩み寄る土方にすっと振り向いた総悟の眼は、血の色を潜め、姉に良く似た、茶色がかった深緋の色が透明に透き通っていた。見合い、その瞳の奥を覗き込むが、総悟が何を伝えたいのかが分からない。
総悟、と土方が口を開きかけた刹那、
「…十四郎さん」
総悟の背後のベッドの上、目を開いたミツバが掠れた声で土方の名を呼んだ。
ふっと目を逸らした総悟が土方の横を擦り抜けて部屋を出て行く。通り過ぎる瞬間、軽く触れた総悟の手の甲が氷のように冷たく、思わず一瞬その手を握り締めるが、振り払われ、そして総悟は音もなく消えた。
「十四郎さん」
再び、ミツバが呼ぶ声がする。土方はゆっくりと歩みを進め、ミツバの横たわるベッドの真横に立った。
手が、伸びて来る。その手を取って、握る。先ほどの総悟と同じ冷たさを持ったそれを握って、親指で手の甲を撫ぜる。ひやりとする感覚を、己の中に、受け入れる。
「…そーちゃんのこと、よろしくお願いします」
微笑う彼女が、とても遠い。握り合った手だけが互いを繋ぎ、カタチを保ち、けれどそれも不意に消えそうに、儚い。
「…わたし、」
腰を曲げて、彼女の顔に己の顔を近付ける。吐息が混ざり合うほど、視界がぼやけて、互いの境界を見失うほど。
「わたし、とっても、幸せでした」
触れた彼女の乾いた唇を、生涯忘れないだろう、と。思って土方が唇を離すと、ミツバはとてもとても美しい微笑みを湛えていた。
散る桜の花吹雪ような。一瞬に煌めく流れ星のような。鮮やかな虹の消えかけのような。掌の上で溶けゆく雪の結晶のような。
死者の気配はひたひたと近付き、けれどそれは、これから彼女が迎えられる極楽の色をして。
握る手からふと力が抜ける。ミツバはゆっくりと一つ、瞬きをした。
「…そーちゃんを、呼んでもらえますか」
土方の手からするりとミツバの手が零れ落ちる。もう一度ミツバはゆっくりと瞼を下ろし、今度はその目を閉じたまま、微笑みながら、囁く。あなたは行ってください、と。
囁き、開かれた澄んだ瞳には、くっきりと己の影が映っていた。
「振り向かない、あなたの背中を見るのが好きだったから」
気付けば土方は、病院の屋上で煙草をくわえていた。きっちり伸ばしたままの背筋が僅か痛む。明日は少し肩が凝るのだろうと思うけれど、その姿勢を崩そうとは思わない。
あの美しい微笑みに、瞳に、恥じない背をしているだろうか。していただろうか。そんなことばかり思いながら、土方は煙草を燻らす。
真っ直ぐ伸ばした背で立つ真っ直ぐ見つめた先には、薄く棚引く雲がかかる夜空と、江戸の街明かり。緩く開いた唇から流れる煙。
やがてふわりと己の身体を通り過ぎた柔らかな気配に、土方は目を閉じて、涙を流した。
***
はっと。不思議な微睡から土方は目を覚ました。
いつの間にか姿勢は病院の屋上の柵を背に座り込んでおり、撃たれた片脚を支えていた松葉杖はその辺に放り出され、もう片方の手からは激辛煎餅の袋が落ち、中身が少し零れ出している。
つと、いやに冷たい己の太腿に触れればそこはしっとりと湿っており、触れた指をそのまま目元に当てれば、そこはまだ乾き切らない涙で濡れていた。
拭い、懐から取り出した煙草を口にくわえる土方の頭上から、
「――何でィ。死に損なったのかィ」
昔から変わらない憎まれ口が降って来る。
ついと見上げれば、気付けばうっすらと明け始めていた朝靄の中、口からぷくーっと風船ガムを膨らませた総悟の横顔が見える。
その赤く腫れた目が下からせり上がって来る朝陽に照らされて、土方はふっと視線を前に戻した。思いっ切り煙草の煙を吸い込み、そして吐き出す。傷が痛んで顔が歪むが、その痛みこそが現実の証だった。
――――夢を見ていた。
朧げでもう形も掴めないそれは、けれどそれでも、とても優しく愛おしい、夢だった。
***
――――記憶の底に、大事に仕舞っている光景がある。
「十四郎さんの、傍に居たい」
肩越しに、気付かれないように、ほんの僅かの視界の片隅に映したその女は。
普段の血の気のない真白い貌が嘘のように、木苺色の唇を振るわせて、舞い散る紅葉の葉と同じ色に頬を染めて、微かに濡れる深緋の瞳が強く、強く。
綺麗だと。綺麗だ。綺麗だ。綺麗だ。この面差しだけを、この想いだけを、この与えてくれた心だけを持って、いつか己が絶えるまでずっと――――
「――――知らねェよ」
ずっと抱えて、前だけを見て進んで行こう。
「知ったこっちゃねェんだよ、お前のことなんざ」
振り返りもせず進む土方の道行きには、鋭い月光が突き刺さる暗い夜道だけが続いていた。
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