忍者ブログ

* それはとても、晴れた日で *

かきたいときに、そのときかきたいことを無節操に。

[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

【銀魂二次】それは誰が見た、(その3)【土ミツ】
銀魂/土ミツ/長編/エロ有(超ヌルイ)
(その2)の続き。








           ***



 祝言は挙げない。屯所に戻って開口一番そう告げた土方に、近藤は少し寂しそうに笑って、山崎は悔しそうな顔をして、総悟は静かに刀を抜いた。
 俺たちの敵は攘夷浪士だけじゃねェだろ。近藤を見やってそう言い残し自室に向かう土方に総悟の刀は刺さらなかったから、後に残った近藤が何とかしてくれたのだろう。自室に戻った土方は、昨晩山崎が荒らしていた書類を片付けることに没頭した。
 真選組の敵は攘夷浪士だけではない。幕府の中にも数多居る。
 真選組の創設者であり本当の長である松平から仰せつかっているこの組織の目的は、“江戸を護ること”。江戸の治安を脅かしているのは何も攘夷浪士だけではないのだ。幕臣の中にも己の利益や欲のために不正を働き、それが引いては江戸の治安を悪化させている者も居る。さすがにその根源を断つことは難しいが、末端くらいだったら幾らでも斬り捨ててきた。
 たかが攘夷浪士に人別帳はそう易々とは見られまいが、お偉いさんは別だ。どんなに住まいを隠しても、そこから足がつくことを土方は懸念したのだ。



 そこからまた、土方は目まぐるしい毎日に追われた。
 毎夜キャバクラで飲み潰れる上司のお守り、ドS部下が日々やらかす始末書の処理、作文じみた報告書の添削、斬り合い、捌いても捌いても積み上がる書類。
 その合間に山崎が見繕って来た物件の資料を読み、気になったところは自分の目で検めに出向いて。
 武州から戻って一ヶ月も過ぎる頃、やっとここならと思える場所を決めた時に、またもすぱーんと勢いよく土方の自室兼執務室の障子が開き、声と同時に斬撃が飛んで来た。
 「おい土方ァ」
 もういい加減このやり取りも面倒臭いと、土方はおざなりにその総悟の刀を払い、お返しとばかりに顔面に紙束を投げ付けてやった。ぶへっと呻いた総悟に若干溜飲が下がる。
 「何でィこりゃあ。俺ァあんたの仕事手伝いに来たんじゃねェんでさァ」
 「物件決めた。あいつに連絡入れとけ。後気になるならてめェも見に行っておけ」
 まぁもう手続き済ましてるから今更茶々入れても無駄だけどな、と言いつつ、土方は灰皿で煙を昇らせている煙草を指に挟んだ。
 土方が選んだ場所は、江戸の外れにある幕府高官の別荘地、の更に外れだった。家屋の周囲は木々に囲まれており、昔その地が別荘地として開発される前農村だった時代の村長宅だったという。周りが別荘地として開発され始めても、その辺りは近隣の駅や幹線道路から一番離れていたため開発は遅れ、そうこうしているうちにすっかり忘れられていたそうだ。
 残された家屋敷は、人が住まわなくなって大分経つから当然手入れは必要だったが、とは言えそこそこ立派だった。勿論手入れの手配も先ほど山崎に言付けてあり、ミツバが準備を終えて出て来る頃には全て終えているだろう。
 日々の暮らしの中で入用なものの調達も、わざわざ別荘の方面まで出向くよりかは隣村に行った方が早く、また頼めば訪問販売もしてくれるらしい。
 そして、幾ら江戸の外れのまた外れとは言え、そこは一応幕府高官御用達の別荘地。屯所から車でも、裏道を駆使すれば半刻もあれば辿り着く。
 何より土方が気に入ったのは、そこが武州の雰囲気とどことなく似通っていたからだった。
 さて、紙束を投げ付けられた総悟はと言えば、一瞬だけ目を丸くして固まったものの、すぐにどかっとその場に腰を下ろしてそれを捲り始めていた。真摯なその目に、仕事の書類もそれぐらい真面目にやって欲しいもんだと土方は溜め息を零しつつ、それから、と言う。
 「前にも言ったと思うが、籍は入れねェ。よって人別移す必要もねェから、書類は全部偽者立てて済ましてある。あいつにも役場で手続きは不要だって言っておけ」
 総悟は紙束からちらりと目線だけ上げ、そんなの自分で連絡してくだせェ、と言った。その余りにも予想通りの返しに、土方は顔を逸らしてチッと舌を打つ。
 「……連絡先知らねェ」
 「は?」
 「てめェが持たせてるあいつの携帯番号、俺は知らねェ」
 ぶっ。視界の向こうで総悟が吹き出したのが分かって、土方は苛々と煙草を吸った。
 そうなのだ。土方の連絡先は確かに渡したのに、それでもこの一ヶ月、ミツバから連絡が来ることはなかった。
 何かあったのかと考えはしたが、総悟がいつも通りにドSにだらしなく過ごしていたから、その心配もないと思いつつ。では何故連絡を寄越さないのかと、忙しい合間に土方はずっと悶々としていた。
 にやにやと底意地悪く笑いながら総悟は立ち上がり、そういうことなら頼まれまさァ、と言いながら背を向ける。その背に土方は、いつになるかだけ連絡しろ、と苦々しく吐き捨てた。
 部屋の出入りでくるりと振り向いた総悟が、手にした携帯をぱかぱか開け閉めしながらにやりと嗤う。
 「それはどっちにですかィ?」
 「……どっちでも構わねェよ」
 ぴしゃんと障子が閉まると同時、土方は頭を掻き毟った。



 ミツバから土方の携帯にメールが届いたのは、その晩のことだった。
 “そーちゃんから聞きました。ひと月もあれば大丈夫だと思います。”
 たったそれだけの、短い簡潔なメール。だがそれが彼女らしいとも、返しやすくて助かるとも思う。返信。
 “詳しい日程が分かったら連絡しろ。迎えに行く。”
 土方が煙草一本吸い終わる頃に、また携帯が震えた。
 “分かりました。でもお忙しいのに申し訳ないです。わたし一人でも大丈夫です。”
 “気遣いはありがたいが、余計な心配はしなくていい。”
 不慣れなのだろう、やり取りはゆっくりだ。土方は自室の床の上でぼんやりと携帯を見つめながら、それが震えるのをじっと待つ。その姿がらしくなさすぎて暴れ出しそうになったところで、再び手の中のそれが震えた。
 “分かりました。ありがとうございます。またご連絡します。おやすみなさい。”
 “おやすみ。”
 その四文字を返信して、土方はばたっと床の上に倒れ伏した。先ほどまで握り締めていたものをぽいとその辺に放り出す。
 はぁっと大きな溜め息一つ床に潜り込んだ土方の顔は、赤かった。



           ***



 再び怒涛の毎日を過ごすうちにあっという間にひと月が経ち、準備が整ったので明日伺ってもいいですか、と土方の元にミツバから連絡が入ったのは、長い冬も終わりを告げ、春の陽気が江戸を覆う頃のことだった。
 昼一番の汽車に乗るという彼女に合わせ翌日土方は朝から武州へ向かい、迎えに行くと言ったにも関わらず駅まで出て来ていたミツバと再会する。約二ヵ月ぶりのその姿は、相変わらず小さく、儚い。
 迎えに、という言葉をどう捉えていたのか、土方の姿を見て、あら、とミツバは少し驚いたような顔をした。そして、微笑った。けれどそれは再会が喜ばしいというよりも、出かけから変装を施していた土方の姿が見慣れず、どこかおかしかったのかもしれない。土方は赤くなる顔を止められず、少し視線を逸らした。
 ほとんどの荷物は先に送られており、山崎からの報告によると大体が既にあちらに届いているという。彼女の手には小さな包み一つだけだ。赤い顔のままそれを土方はもぎ取って自分の手に収め、二人で滑り込んで来た汽車に乗った。
 武州から江戸まで汽車で数刻。取った並びの座席の窓側にミツバを座らせ、土方はその隣に腰を下ろす。やがて汽車はゆっくりと発車した。
 元々二人の間に会話は多くない。土方は基本無口だし、ミツバもお喋りな女ではない。今もミツバは静かに車窓の向こうの景色を眺めては、時折、お茶要りますか、とだけ声をかけて来て、それに対して土方が、あぁ、とか、いや、とか返すだけの静かな時間だった。
 陽も傾いて来た辺りで汽車は江戸に到着し、駅の出入りから少し離れたところに呼んでおいた車に向かう。普通の、どこにでもある乗用車。に見せかけた、真選組の覆面パトカー。
 後部座席にミツバを座らせ、助手席に土方が乗り込んだところで、運転席に居た山崎がにっこり笑って後ろのミツバに振り向いた。
 「初めまして、ミツバ殿。俺は真選組で監察やってます、山崎というもんです。いつも副長や沖田隊長にはお世話になってます」
 「あら、こちらこそ。いつもそーちゃんがご迷惑おかけしてまして」
 互いに大人としての儀礼的な挨拶を交わす様を横目で見ながら、山崎という男は不思議なもんだと土方は思う。
 どこにでも居る顔をして特徴もなく癖もなく、何をしていても余り目立たず、しかしだからこそなのか、人の懐にするりと入り込むのがとてもうまい。
 ずっと緊張か、または己の生まれ育った地を離れる潜在的な不安もあったのだろう、ミツバ本人は気付かれまいと隠していたに違いない僅かな空気の固さを、山崎は交わす二言三言で見事に和らげていく。
 全く副長も沖田隊長も横暴で、いつも俺たちは生傷絶えないんですよ、と段々会話が山崎の愚痴になり始めたところで、土方は山崎を殴って車を出させた。こいつを迎えに呼んでおいて良かったとは、決して言ってはやらない。
 そうして車を走らせて半刻ほど。長くなった陽もとっぷりと暮れた頃に、やっとそこへ辿り着いた。
 土方やミツバと違い山崎という男は本当にお喋りで、道中絶え間なく喋り続け、いつの間にかすっかりミツバと打ち解けている。土方としては何だか悔しい気もするが、この先恐らくこいつに一番世話をかけるだろうと思うし、ミツバも知り合いの居ない土地ではやはり寂しいだろうから、一番顔を合わせることになる二人が親しくなるのはまあ望ましいと、くわえただけで火の付けない煙草の先を噛み潰すことで我慢することとした。
 山崎が運転席から降りて、後部座席を開けてどうぞとミツバを促す間に、土方も助手席から降りて屋敷の前に立つ。仕事の手が離せず手入れの終わった後の屋敷を見るのは土方もこれが初めてだったが、思った通り立派で、そして静かだった。
 山崎に案内されるまま屋敷に上がり、とりあえずお茶でもと居間に通されると、
 「…姉上! お久し振りでござんす!」
 三人が居間に入る直前まで横になってあの馬鹿なアイマスクをかけてだらだらしていたのであろう総悟が、ミツバの足元に飛び付いて来た。
 「……」
 予想通りと言えば予想通りの展開なので、土方は何も言わない。それに確か今日の総悟は午後から非番だったはずで、常のように仕事をサボっているわけでもなし、非番の時に何をしてようが咎める権利はない。
 そしてミツバも、そーちゃん、とやっぱりほっとしたように嬉しそうに笑ったから、ふっと息をついて土方は居間の向こうの縁側に腰を下ろした。
 お茶淹れて来ます、と山崎も少し微笑いながら、ぱたぱたと去って行く。山崎が戻るまでの間、ずっと付けていた変装用の明るい色の鬘を脱ぎ、眼鏡を外しながら、土方は暫し頭上に昇る朧月を眺め上げた。



 四人でお茶を飲み、その後山崎に屋敷の中を案内させて。細かいあれこれをミツバが山崎から聞いている間、土方はまた縁側に座り込んだ。存外この場所が気に入ったらしい。
 「…土方さん」
 ミツバが離れていることを確認して煙草に火を付ける土方の横に、総悟がどっかりと座り込んで来た。
 土方が答えはせずに目線だけをちらりと流すと、総悟はこちらを見ようともせず、先ほどの土方のように夜空を見上げながら、ぽつりと口を開く。
 「俺ァやっぱりあんたが、気に食わねェよ」
 何で俺とあんたは出会っちまって、あんたと姉上は出会っちまって、何であんたと近藤さんは出会っちまったんだろうな。
 言いたいことが分かるようで分からないその呟きを聞き流しながら、土方は別のことを思う。
 この総悟という男も、大概なもんだと。
 幼い頃に両親を亡くし、姉が居たから土方のように家族に対して寂しい思いを抱くことはなかったのだろうが、代わりに大きな引け目を感じながら生きていた。
 姉と同じ年頃の娘たちが楽しそうに過ごしているのに、姉はいつも己の世話を焼き、残された家の切り盛りをし。当のミツバはそれに対して何の苦も感じていなかったのだろうが、総悟はやはり苦しかったのだろう。
 田舎らしい無遠慮な物言いや噂に、大抵それは年頃の姉を憐れむ言葉だったのだけれど、それを親から聞きかじった気遣いも知らぬ同年代の子供と総悟がうまく行くはずもなく。
 そんな自分にまた嫌気が差しての悪循環。
 土方が詳しい事情を知ったのは追々だったが、近藤の道場で初めて出会った時の子供は、ぶつけようのない感情を持て余し、それを力で発散させている、土方と同じ存在だった。
 そして土方と同じに己の命を懸ける存在を見い出し。小さい身体でその背を追って。けれど、あの時近藤の江戸行きに躊躇わずに着いて来たのは、姉を解放する意味もあったのではないかと。
 そして今度こそ、年頃の娘らしい楽しみを、幸せを。
 自分は、年頃の子供らしい楽しみもせず、ただただ汚れ役を被って。
 総悟が人を斬るのはまだ早いと、土方も近藤も何度も押し止めたのだ。だがこの男は聞かなかった。わざとかと思うほど、自分から血を浴びに行った。
 そんな、殊更自分を軽く扱うこの男を現世に繋ぎ止めているのは、近藤と、そしてミツバの存在だけだ。
 「…」
 何も言うことはない。それでも土方と総悟は出会ってしまい、土方とミツバは出会ってしまい、土方と近藤は出会ってしまったのだ。



 無言のうちに土方が煙草一本吸い切る頃、山崎とミツバが楽しそうに談笑しながら戻って来た。
 「さて、そろそろ帰りますよ、沖田隊長」
 「何言ってやがんでィ。俺ァ今日はここに泊まるんでィ」
 「いやいや、沖田さんこそ何言ってんですか! あんた明日早番でしょうに!」
 何時に迎えに来させる気なんですか、と山崎が悲鳴を上げる。その横ではミツバがころころと笑っている。
 「じゃあ土方のヤローはどうなんでィ。何で俺だけ帰らせるんでさァ」
 「副長は明日は日勤ですから。朝、お迎えにあがるんで」
 後の台詞は土方に向かって言いながら、山崎は総悟の腕を取る。そのままずるずる総悟を引き摺りながら山崎は、土方の横を通り過ぎざま、何かあったらこれを、と屋敷の裏手に停めてある車のキーを土方に手渡してきた。
 分かってはいたが、当たり前のように己は今夜はここで過ごすのだと、そう扱われていることにどう対応したらいいのか、困って土方は目を伏せる。
 「おい土方ァ。てめェ何照れてんだよキモチワリー。言っとくけど姉上キズモノにしたら殺すからなァ」
 「ちょっとあんた何言ってんだよ! デリカシーってもんを知らんのですか!!」
 ぎゃあぎゃあ喚きながら廊下の向こうに去って行く二人。角を折れる寸前、山崎がちらりと土方を見やって、ごゆっくり、とにやりと笑って消えた。明日あいつ殺す。一瞬で土方のこめかみに青筋が浮かんだ。
 玄関ががらりと開く音がして、黒い影が二つ、庭先に停めてあった車に乗り込んでいく。ほどなくしてエンジン音を残して車が木々の向こうへ消えて行き、そして、男と女は二人になった。
 「…楽しい方ですね。そーちゃんも、あんなに懐いて」
 心なしか顔を俯けたミツバが、ぽつっと呟く。うるせェだけだ、と返した土方のそれも呟きに近く、そしてまた、二人の間に沈黙が落ちた。
 「……あの。簡単なものしか出来ませんけど、お夕飯作ってきますね」
 暫しの間の後、ミツバはそう言って踵を返そうとした。
 ――瞬間、土方は縁側に座ったままの腕を伸ばし、ミツバの手を取っていた。
 「…まだ、いい」
 手を引いて、己の隣に座らせる。
 これでよかったのかと。口にすることもなく、土方は庭先で揺れる木々を見つめた。ざわりと春の夜風に揺れる葉は青い匂いを漂わせ、枝の先に付けた花から香るけぶるような匂いが絡まり、胸の奥に沈殿していく。
 「…わたし、」
 またもぽつっと、ミツバが呟いた。花曇りの空に霞む月明かりが、彼女の輪郭を淡くぼんやりと、曖昧にさせる。
 「十四郎さんの傍に居られて、今本当に、幸せです」
 土方は、その腕の中に彼女を掻き抱いていた。



           ***



 あっという間に過ぎ去る日々は続く。
 相変わらず斬った張ったの毎日で、相変わらずサドに命を狙われる毎日で、相変わらず夜毎キャバクラに上司を迎えに行く毎日で、相変わらず作文しか書いてこない部下に赤ペン先生する毎日で。
 いつしかかぶき町に馴染みが増えて、ゴリラはストーカーに変貌し、ドSは喧嘩友達を見付け、ジミーはミントンだのあんぱんだのカバディだのとキャラ付けをし始めて。土方自身には、どうにも目障りな、けれど気骨のある男とのやり取りが増えて。
 そうこうしているうちに、気付けば季節はミツバを江戸に迎えてから幾度目かの冬を迎えていた。



 灯りを落とし閉め切った部屋は、火鉢から漏れる炭火だけがちらちらと揺らめいている。上に乗せた薬缶からはしゅんしゅんと蒸気が立ち昇り、冬の乾いた空気をしっとりと湿らせていた。薬缶に注いだ水には少しの薬草が溶いてあり、湯気からほんのり香る涼やかな匂いは胸をすっとさせて。
 そうして土方は今、床の中で真上からミツバを見下ろしている。
 つ、と土方がその細い顎に触れると、ミツバは静かに目を閉じた。同時、土方はゆっくりとミツバの唇に己の唇を落とす。
 口を吸いながら、肘を突いて身体を支えている左手でその指先に触れる彼女の髪を弄び。空いている右手は頬をなぞり、耳たぶに触れ、首筋に指を滑らせる。薄い肌の下で脈打つ血管を指先で撫でて、哀しくなるほどに浮き出た鎖骨に親指の腹で触れ、寝間着の合わせ目に掌を差し入れ、少しだけ肩を露わにする。
 そこで一度口を離すと、ミツバはふ、と息を吐いた。桜色に染まった唇が濡れている様は、皮を剥いた白桃のように瑞々しく、その唇から漏れる吐息すらあの甘い桃の味がしそうで、土方はもう一度口付ける。口内に潜り込ませた舌先は、やはり甘い味を感じた。
 右手は尖った肩先を掌全体で包み込んで一撫でし、そのままするりと下に下りて、乳房をその手の中に収めた。決して豊満ではないが形の良いそれを、その形を崩さないようにやわやわと揉む。掌に伝わる柔らかい感触が心地いい。やがて真ん中の芯が少し硬くなってきたところで土方はミツバの唇を解放し、代わりにその芯を口に含んだ。
 身体の支えを左腕から右腕に交代し、左手はもう一つの乳房へと。口の中で立ち上がった芯を吸い上げると同時に左手の中の乳房をきゅっと揉むと、解放されたミツバの口から、ん、と小さな声が零れた。
 触れ合わせた肌から互いの体温が上がっていくのを感じる。閉め切った部屋で赤々と火鉢を熾しているのだから元々部屋の中も十分暖かい。その上布団を被っているのだから、土方は肌は早くも汗ばむが、だからと言ってこの布団を退かす気も、彼女の寝間着を全て脱がすつもりもない。
 本当は見たい。全て剥がして、その細く真っ白な裸身をこの目でもこの掌でも全て撫で尽くして、全てむしゃぶり尽くしてしまいたいと思う。しかしそれで彼女の体調が崩れてしまうことの方が嫌だから、土方は常に布団の中で密やかに、着崩させるのも最低限に留めている。
 いつだったか睦言にぽつりと、十四郎さんは過保護すぎるわ、とミツバが囁いていたが、過保護と言われようが何と言われようが、土方はそこを曲げる気はなかった。
 左手は細い腰を撫ぜて臀部へ。唇は乳房から離れて首筋へ。動脈の上を強めに吸うと、は、とミツバは息を吐き顔を逸らした。散らばった髪から覗いた耳に口付ると、その身体がぶるりと震える。
 全体的に肉付きが悪くどこもかしこも折れそうなミツバの身体だが、乳房と臀部だけは女性らしい丸みを帯びていた。その柔らかさは手離し難く、臀部を撫でる左手をこのまま夜が明けるまでそこに置いておきたいとも思うが、ミツバの息が徐々に上がり始めたから、土方は一旦身体を起こし、その両脚の間に身体を移した。
 自然肌蹴た裾から覗く太腿を撫でる。膝裏まで指先を滑らせ、そして逆に身体の中心へと。この段になるといつもミツバはこれ以上ないほどに顔を染め上げ、両腕でそれを覆ってしまう。恥ずかしがるその姿は何度見ても愛おしいし、顔を見れないのは残念でもあるし。でもそれよりも、顔を覆った寝間着の袖が彼女の鼻と口を塞いでしまうのはいただけない。
 「ミツバ」
 右の指先で彼女の身体の中心に触れながら、土方は再度身体を倒し、左手で顔の下半分を覆う腕をそっと外した。残った腕の下から覗く、困ったような泣き出しそうなミツバの瞳と目が合う。しかし同時にゆっくりとその身体の奥に指を進めると、ミツバはその瞳をぎゅっと閉じて布団に突いた土方の左腕に頭を擦り付けて来た。
 ゆっくりゆっくり、土方の指は進む。余り会いに来てやれず、来ても半分は泊まってやることも出来ず、ミツバの中はいつも初めてのように狭い。親指の腹でそっと上の尖りを撫でてやると、ミツバはびくりと身体を揺らし、中を濡らす水気が増えた。
 溢れてくる水気を指に絡め、少しずつ中を広げていく。関節を曲げて中の壁に触れ、その行為にミツバが更に身体を擦り寄せて来たらもう一本指を増やし。ぷっくりと膨らんだ外側の尖りを優しくさすりながら、乳房の中心の芯を舌先で転がし。きゅっと力が入って閉じようとする太腿がぶるぶる震えて来たら、更にもう一本を指を増やして。
 はぁ、はぁ、と。ミツバの呼吸が荒くなる。己の腕に擦り付くミツバの頭を、土方は殊更優しく撫でた。
 「ミツバ、ゆっくり息をしろ。深く息を吸って、ゆっくり吐け」
 こくこく頷く彼女が、もう本当に、心底愛おしい。はー、はー、とミツバの呼吸が少し落ち着いたところで、土方はそっと自身を彼女の身体の中に埋めた。
 あ、と開いたミツバの口から覗く舌が艶めかしくて、土方は引き寄せられるようにその唇を塞ぐ。口内で触れ合った舌は溶け出しそうなほどに熱かった。
 やがてゆるりとミツバの腕が伸びて、左手が土方の肩を掴み、右手が髪に絡まった。慣れないながらも一生懸命に土方の口を吸う。こんな時土方は、ふと堪らなくなる。
 普段何も求めない女が、閨の中で互いの境界線を失くして初めて、その手を伸ばす。全身で、欲しいと、その時だけ顕わにする。
 力が入り過ぎないように気を付けながら、土方はその小さな身体を抱き返した。耳元で紡がれる己の名前が、この時だけは世界で一番美しい音だと思う錯覚に酔いながら。
 そして、ミツバの手が優しく土方の髪を梳くリズムに合わせて、土方はミツバの中をゆっくりと擦る。慌ただしい出し入れはしない。ただただ深く浅くゆっくりと腰を揺らしながら、熱く締め付ける彼女の中を堪能する。
 はぁ、とまたミツバの呼吸が乱れ始めた。土方の髪からその手が滑り落ち、敷布に背を預けてふるふると震え始める。薄く閉じられた眦から首筋までを紅く染め、額から滲んだ汗が前髪を濡らす。
 その艶やかな様を、何度見ても土方の息は止まった。背筋がぞくりと泡立つ。喰らい付きたい衝動を抑えて、ミツバが漏らす吐息一つ、散らす汗粒一つ見逃すまいと目を細める。
 許されるなら、朝までずっとこの光景を眺めていたい。
 けれど、彼女の呼吸をこれ以上乱したくはないから、土方は彼女が一番悦ぶ場所にぐっと己を押し付けた。吐精感に逆らわずに欲を吐き出す。
 途端、びくっとミツバは背を反らし、あっ、と一声だけ啼いた。そのままびくびくと痙攣する身体を土方は抱き寄せ、口を覆う。ん、とか、ふ、とか己の口に吹き込まれる喘ぎごと呼気を飲み込みんで唇を離すと、酸素を求めてミツバが大きく息を吸う。それを二、三度繰り返しながら、抱き寄せたミツバの背中を落ち着かせるようにとん、とんと叩いて、土方は目を閉じた。






 この夢がいつまでも続けばいい。
 終わりが近いほど、人はそう思う。
 土方の腕の中で眠りに落ちながら、ミツバは思っていた。
 身体を繋げている時にだけ、真正面から見つめて来る彼の顔。薄目を開けて、こっそりと盗み見た彼の顔。
 細い面立ち。整った鼻筋。薄く開かれた唇は淡い紅色。弟や部下の前ではきつく寄っている眉間は少し解れて。鬼なんて呼ばれている鋭い眼光は鳴りを潜め、代わりに、その濡羽色の瞳にはただただ、優しさだけが滲んで。
 それは、自分を想ってくれている、彼の心。



 ――もう十分。



 眠っている土方の胸に額を寄せて、ミツバは静かに一筋、涙を零した。



 ――いつこの夢が醒めても、もうわたしは、十分です。





拍手

PR

コメント