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* それはとても、晴れた日で *

かきたいときに、そのときかきたいことを無節操に。

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【銀魂二次】それは誰が見た、(その1)【土ミツ】
銀魂/土ミツ/長編/エロ有(超ヌルイ)
ここまで書いてやっと土方さんへの熱が収まって来た。
長過ぎて全文うp出来なかったから分割。








 「十四郎さんの、傍に居たい」



 肩越しに、気付かれないように、ほんの僅かの視界の片隅に映したその女は。
 普段の血の気のない真白い貌が嘘のように、木苺色の唇を振るわせて、舞い散る紅葉の葉と同じ色に頬を染めて、微かに濡れる深緋の瞳が強く、強く。
 綺麗だと。綺麗だ。綺麗だ。綺麗だ。この面差しだけを、この想いだけを、この与えてくれた心だけを持って、いつか己が絶えるまでずっと――――



 「――――待ってろ」



 土方の口から溢れた言葉は、その瞬間まで己が発しようとしていた言葉と全くの正反対で、紡いだ己が余りの不可解さに固まった。
 え、と。呟いたのは二人同時で、見開いた目を合わせたのも二人同時。
 木苺色の唇、紅葉色の頬、深緋色の瞳。土方の目の前に居る、沖田ミツバという女。その女の前に居る土方十四郎という男は、今何色に染まっているのか。
 頭を掠めるそんな思考を置き去りに、土方の口はまた勝手に動き出す。



 「江戸までは遠いし、まだ落ち着き先も決まってねェ。今来たって身体に障るだけだ。だけど、」



 振り返るまいと。振り返らずにこの女を捨て置いて。そうして自分の居なくなった後に、何処かその辺の普通の男にまた、今度こそその綺麗な心を添わせて。
 恋仲になって。頃合を見て所帯を持って。産める限り子を産んで。そうして家族に囲まれた、幸せな一生を。
 土方の頭の中では、彼女のそんな幸せな未来を描いている。願っている。
 けれど身体はどうだろう。とっくに振り向いて、縁側に座る彼女へと一歩二歩、足を進めている。ほんの三歩で自分の影に覆われた彼女を、この腕に、抱き寄せている。



 「落ち着いたら、必ず迎えに来る。だからそれまで、待ってろ」



 はい。自分の胸に顔を埋めた彼女の小さな声が土方の耳に触れた瞬間、土方の頭は真っ白になって、思考は消え去っていった。






           ***



 「おい土方ァ」
 すぱーんと勢いよく土方の自室兼執務室の障子が開き、声と同時に斬撃が飛んで来た。手慣れたもので、土方も文机に向かう自分の脇に置いておいた刀を鞘から抜いて、その斬撃を受け止める。
 幼い頃から腕の立った相手は、年を重ねる毎に当たり前にその腕を更に上げて、もうそろそろこの挨拶もいい加減己の命が危うい。それを分かっていて、いつもそのギリギリのところを攻めて来る相手に舌打ち一つ、打ち合わせた刀を横に捌いて土方は視線を上げた。
 「総悟てめェ。俺ァ仕事中だ。用件は手短に済ませろ」
 「いつんなったら迎えに行きやがるんでさァ」
 手短に、と言ったのは自分だが、その余りのストレートさに僅か、土方の喉が詰まる。そもそも何で、その話を総悟が知っているんだ。動揺を隠そうと机上の煙草に手を伸ばしたが、手に取る前に総悟の刀がそのパッケージを貫く。
 てめェと睨み付けたが、己のそれより総悟の眼光の方が鋭く、土方は諦めて総悟の方に身体を向けた。後数瞬でも放置すれば、本当に土方の首は飛びかねない。それほどに目の前の総悟の目は酷く冷え、隠そうともしない本物の殺気が溢れ返っていた。
 「…何でてめェがそれ知ってんだよ」
 「聞いてたからに決まってらァ」
 盗み聞きを悪びれもせずに申告する。姉離れの出来ない弟だとは知っていたが、まさか姉の色恋の現場にまで出張るとは。土方の両肩にどっと疲れが圧し掛かって来た。文机の引き出しを開けて、新しい煙草の箱を取り出す。今度は総悟も咎めなかったから、そのまま土方は一本摘まんで口に挟み、愛用のマヨライターで火を付け、煙を深く吸い込み、そして吐いた。
 まぁ座れよ。三回ほど吸って吐いてを繰り返した後、土方は未だ目の前で刀を手に仁王立ちをかます弟様にそう声をかけ、座布団を出してやり、茶の用意をする。普段は面倒だから山崎を呼び付けて茶を持って来させるが、実は部屋にちゃんと道具類は整っているのだ。
 今は誰もこの部屋に立ち入って欲しくなく、仕方なしに二人分の茶を用意を済まし、そして土方は総悟が開け放したままだった部屋の障子を静かに閉めた。
 そのまま暫く、二人の間に沈黙が落ちる。総悟は出された茶を大して旨そうもなく啜り、土方は視線を空に置いてただ煙草をふかし続けた。
 「――まさかとは思いやすがねェ、土方さん」
 土方が一本を吸い終わり、立て続けに次の煙草に火を付けたところで、総悟がその沈黙を破った。
 「あんた他に、イイヒトが出来たってんじゃねェでしょうねィ」
 言いながら、総悟の手は早くも己の獲物の柄にかかっている。ここでそうだと答えようものなら、その一秒後には土方の首は畳の上に転がるだろう。だからと言うわけでは全くなく、ただ真実として土方は首を横に振った。
 「こんな屯所に缶詰生活で、いつそんな人が出来んだよ」
 「だったら何かィ。ただ単純に姉上への気持ちが失せたとでも言うんですかィ」
 音もなく鯉口が切られる。殺気立った眼差しから熱が消える。人を斬る前の総悟の眼だった。
 ふっと煙を吐いて一息、あらぬ方向に投げていた視線を、土方はしっかりと目の前の総悟に合わせた。彼女と同じだったはずの深緋色の瞳は、江戸に来て、この仕事を始めて見て来た修羅場の数だけ、血の色を深めたようだった。けれどそれはきっと、己も同じだ。
 「惚れてるよ」
 口にしてから、土方は思う。そういえば、こんなはっきりとした言葉、まだ彼女にも言ってはいなかった、と。
 暫し睨み合った視線を、外したのは総悟が先だった。獲物の柄から手を離し、自分の空いた湯呑みに二杯目の茶を注ぐ。
 「じゃあ何でなんでさァ」
 つーか茶請けに饅頭一つ出て来ねェのかい気ィ利かねェなこれだから土方は、と続けざまにいつも通りの悪態を吐きながら、土方の前なのに珍しく正座していた足をさっさと崩して胡坐をかいて、総悟は土方を見上げて来た。
 うるっせェ調子に乗んな馬鹿、と返しながらも土方は文机の上にあった煎餅が盛られた器を出してやったが、ニコチン臭そうでさァと総悟が更に悪態を垂れるものだからその頭に一つ拳骨を落とし、はぁっと溜め息と煙を同時に吐き出した。
 「この仕事始めてから、てめェは何回命狙われた」
 「……」
 ばりっと総悟が口にする煎餅の割れる音だけが響く。
 「俺が何回、浪士どもに待ち伏せされたか知ってるか」
 「……ンなもん全部、斬り捨てて来たでしょうが」
 「そうじゃねェよ。分かってんだろ」
 吸い切った煙草を吸い殻で溢れ返りそうな灰皿の山に押し付け、土方も煎餅に手を伸ばす。茶はすっかり冷めていて、一口飲んだが不味くて口が歪んだ。



 真選組の隊士が親元や妻子と住む家からの通いではなく、屯所で寝泊りをするにはわけがある。
 敵方に、親類縁者の存在を知られないためだ。
 入隊するための条件の一つとして、実家及び既婚者の場合は妻子の住む家も屯所より40km離れていること、または移住させること、というのがある。創設者の松平がこれだけは絶対だ、と最初に言ったことだった。近くに親類縁者が居て、それを敵方に知られ人質に使われてしまったら堪らない。それは、当たり前と言えば当たり前の話だった。
 しかし言い出しっぺの松平は江戸に邸宅を構え、そこに妻子と共に住んでいる。特に一人娘への可愛がりようは相当で、見ていて微笑ましいを地球二十周くらいは通り越して憐れになるほどだが、まぁその話は置いといて。当然、彼は自宅にも妻にも娘にもきっちり腕のいいガードを付けている。付けられるだけの財力がある。
 真選組の平隊士なんて給金はその辺の勤め人と大差ない。松平と同じレベルのガードを付けられるだけの財力がない。
 けれど。
 「隊長職以上なら、江戸に住まわしてもいいって話だったじゃねェですかィ」
 そう。総悟の言う通り、隊長職以上であれば親や妻子を近くに住まわせることが許可されている。勿論それでも通いは認められていないが。
 隊長職ともなれば、さすがに平隊士とは貰える給金の額が違う。松平ほどには無理だが、ある程度の護衛は雇えるのだ。
 でも。だったら。
 「じゃあ何でてめェはミツバを呼んでやらねェんだよ」
 武州から江戸へ出て来て約一年半。真選組が発足してからは大体半年が経つ。始めはめまぐるしい毎日だったが、やがて慣れ、生活もようやく落ち着いて来たところだった。だからこそ総悟も、今こうして土方の真意を問い質しに来ているのだろう。
 新しい煙草に火を付けて、土方は総悟の顔を覗き込む。
 「俺が呼ばなくても、お前だって呼べるだろうが。違うか? 一番隊の隊長サン」
 目を逸らした総悟が、チッと舌打ちをした。
 二人とも、分かっているのだ。自分に襲いかかって来る敵なんぞいくらでも斬り捨てて仕舞いだが。もしもミツバに何かあったら。その時にもしも自分が駆け付けられない場所に居て、万が一にも間に合わなかったら。
 人質に使うくらいだったらまだいい。何が何でも救出する。してみせる。けれど相手が怨恨でミツバに手を出したなら。
 「…屯所に、住まわせたらいいじゃねェですかィ」
 「屯所襲撃されたらどうするよ」
 俯いて呟く総悟の言葉から、最初の威勢は消えていた。返す土方は、最初と変わらず冷静さを失いはしない。
 それっきり黙り込んでしまった総悟を見やって、土方はふぅと溜め息を吐いた。
 季節は冬の一番深い時期だ。障子の向こうでは今もしんしんと雪が降り続いている。ということは、武州はもっと深く雪に埋まっていることだろう。土方はそっと目を閉じた。
 寒さに震え、身体を壊してはいないだろうか。自分たちが向こうに居た頃は、屋根の雪下ろしや玄関から門の向こうまでの雪かきをやってやったものだが、今はどうしているのだろう。近所の人間によろしく言付けておいたが、本当に大丈夫だろうか。
 …それとも、あの時自分が思い描いた通り、もう他の男に心を移しただろうか。
 それはないと確信しつつも、そうであったらと願わずにはいられない己の心に、土方は苦い思いを噛み締めた。
 己が刀を振り回して生きて行くしか能のない男だということは、始めから分かっていた。分かってはいたが、今自分が身を置く世界は予想以上に死が近かった。
 こんなことを思い耽っていても、一瞬後にはそれこそ屯所が襲撃されて命を落とすかもしれない。それが今日ではなくても、明日かもしれないし、明後日かもしれない。
 彼女の手を取ることを、だからこそ躊躇したのだ。手を取っても、いつか彼女を一人にしてしまうなら。身体の弱い彼女が己を必要としている時に、その傍に居てやれないのなら。
 それなのにあの日、抑え切れずにその手を取ってしまった。抱き寄せて、待ってろなんて無責任な言葉を残してしまった。
 今更こんなことを思うぐらいだったら、
 「…だったら何で、姉上を受け入れたんでィ」
 がっと土方の首が締まった。総悟が胸倉を掴み上げたからだ。やっていることは乱暴でも、土方を睨み付ける総悟の目は、ほとんど泣きそうだった。
 「だったら何で、さっさと捨てちまわないでずっと姉上を待たせてるんでさァ!」
 だん、と畳に押し付けられ、総悟が土方の腹の上に馬乗りになった。拳が振り下ろされる。それは土方の頭の横の畳をぶち抜き、ほんの少しの髪の毛を削り取っていった。
 「もういい加減、」
 「いい加減、腹括ったらどうだよ、トシ」
 突然割って入った声に二人同時に見やると、開いた障子の向こうに近藤と山崎が立っていた。



           ***



 お茶淹れ直しますね。四人に増えた土方の部屋の中で、山崎が相変わらず甲斐甲斐しく世話を焼く。
 勝手知ったる土方の部屋の中から座布団を追加で二枚取り出し、一つを総悟の横に並べて近藤を促し、一つを部屋の出入りに一番近い場所に置いて、けれど己はそこに座らずに土方と総悟の湯呑みを回収し、残った中身は一旦部屋を出て外に捨て、急須の茶葉も取り替えて新しく湯を張り、頃合を見計らって四つに増えた湯呑みに濃さが等分になるように注ぐ。
 みなに茶を配り終わると再度立ち上がり、部屋備え付けの物入れの一番上の引き出しから土方の新しい煙草を二箱取り出し、土方の右手に置くと同時に部屋を訪れた時に持って来ていた新しい灰皿と吸い殻が山盛りの灰皿を交換する。
 余りの手際に、お前トシの嫁か、と近藤が突っ込んで、みなが少し笑って場の空気がほんのりと和らいだ。
 全員で山崎の淹れた茶を一口啜ったところで、近藤が、なぁトシ、と口を開いた。
 「お前が色々悩む理由も分かるよ。でもなぁ、ミツバ殿はずっと待ってるんだろう」
 言葉の最後で近藤の視線は総悟に移り、それを受けて総悟は苛立たしげに顔を歪め、それでも小さく、頷いた。江戸へ出てから律儀にひと月一度、文を送っていることをこの場に居る全員が知っている。
 片や土方は、ミツバに文など一度も送ったことはない。迎えに行くのか、行かないのか。それを決められない己に出す文などないと思ったし、実際、何を書いていいのかも分からなかったのだ。
 「トシ」
 普段の明るいふざけたキャラはどこに忘れて来てしまったのか。今土方の目を真っ直ぐに射抜いて来る近藤は、真摯で、とても厳しい目をしていた。
 「男が一度交わした約束を破るのか」
 お前はそんな奴だったのか、と。
 土方はチッと舌を鳴らした。どいつもこいつも。ああ本当に、どいつもこいつも。腹立ち紛れにがしがしと首の後ろを掻く。煙草に手が伸びて、火を付けて、一服。その間、誰も言葉を発しない。近藤の鋭い眼差しだけが、土方の一挙手一投足を見つめている。
 「…俺だって、ずっと考えてんだよ」
 零れた言葉はやけに言い訳じみていて、それにも腹が立って土方はぐいと茶を飲んだ。まだ熱い茶で舌を少し火傷したようだったが、それぐらいでちょうどいい。もうこんな舌、ぶっ壊れてしまえばいい。思って、土方は一気に口を開いた。
 「こっちにただ呼んだだけじゃあいつが危険な目に遭うだけだ。屯所に置いたってここが襲われたらそれで仕舞いだし、つーか他の隊士に示しがつかねェし、そもそも若い女が出入りしてたらそれが誰の縁者かなんて関係なく目立つ。目立ったら終わりだ。かと言って一生外出禁止なんてさせられるか? そんな生活させられんのかよ惚れた女によ。じゃあどっかに家借りるとかも考えたよ。考えたけど、そこらの平隊士ならともかく、週に一度は襲われる真選組の副長サンだぞ? そんな頻繁に決まった場所に出入りしてたら、いつか絶対どっかで足がつく。つくんだよ絶対、どんなにひっそり通っててもさ。だったら通う回数減らせばいい? 月に一度か二月に一度か、三ヶ月に一度か? それだったら何のために呼んだんだよ余計寂しい思いさせるだけじゃねェのかよ、大体なァ」
 そこまで一口に言い切って、はぁっと大きく息を吐くと、土方は握り締めたままだった湯呑みの中の茶をごくりと飲み干した。
 「俺ァ命を懸けるのは近藤さんって決めてんだ。あいつのためには懸けられねェ」
 あいつのためだけには生きられねェんだよ、と。そう零し、土方は片手で顔を覆った。それでも。それでも。
 「…惚れてるから。幸せに生きてって欲しいから。何とかなんねェかって、ずっと、考えてんだよ…」
 じゅっと。指先から落ちた煙草の灰が畳を焦がす音がして、だけど土方は顔を上げなかった。山崎がそっと土方の指から煙草を抜き取り代わりに灰皿に捨て、火の落ちた畳を布巾でとんとんと叩く。その音だけが、響く。
 わしわし、と。暫くの間の後、近藤の大きな手が土方の頭を撫でた。埋めた掌の隙間から土方が僅かに目線を上げて見やると、近藤は優しく笑っていた。大きく大きく、笑っていた。
 「それそのまま、ミツバ殿に言って来い」
 近藤が、何やら手の中の紙切れを土方に握らせる。見ればそれは、武州と江戸を結ぶ汽車の切符だった。行きは一枚、帰りは二枚。
 何を、と土方は今度はしっかり顔を上げた。問題も結論も、まだ何も解決していない。そんな状態で何を、と。
 「俺ァよう、トシ。最後決めるのはお前と、ミツバ殿だと思うんだよ」
 お前の気持ちは良く分かったよと。近藤は再び座布団の上で胡坐をかいて、茶を飲んで笑った。けどさ。そう続けて、その優しい目は土方の中にまで通るように覗き込んで。
 「ミツバ殿の気持ちは、まだ誰も知らんだろう」
 彼女の幸せは彼女が決めるんであって。お前の物差しで決めていいもんじゃないだろう。
 がつん。頭を殴られたような衝撃、というのが本当にあるのだということを、土方は身を以って初めて知った。目の眩むような衝撃の向こうで、近藤は煎餅に手を伸ばし、ばりばりむしゃむしゃと食いながら、いつものように豪快に笑って言った。



 「結局攫って来なくったっていいんだよ。けどなあ、」



 「一度行くって約束したんだから、その約束だけは果たさなきゃなんねェだろうよ、男として」



 副長、と山崎の声がして土方が振り返ると、簡単な荷造りを済ませた包みと上着が手渡される。
 煙草もカートン入ってますから、と笑う山崎に、そういえばこいつも居たかと、今更ながらに恥ずかしくなって土方はふいと顔を背けた。
 「ミツバは肺が悪ィんだよ、煙草なんか吸えるか馬鹿」
 普段ならここで鉄拳制裁が下されるところなのだが今はそれがなく、調子狂うなぁと山崎は苦笑いながら、分かりましたと敬礼した。
 「さすがにこのご近所はまずいんで、江戸の外れ辺りの、でもまぁそんなに不便じゃなさそうで空気がいい物件、お帰りになるまでに探しときますんで」
 それと護衛は監察方が責任を持って請け負います、とさも当然のことのように言うもんだから、いやいやいや、そりゃあさすがにまずいだろうと土方は慌てて振り返る。が、この半年で存外頑固であると分かった山崎という男は、頑としてその意思を曲げなかった。
 「今まで通りの仕事もちゃんとやりますし。巡回エリア一つ増やすだけですから」
 「そういう問題じゃねェだろ馬鹿。んなもん仕事でも何でもねェだろうが。そんなんじゃ他の隊士たちにも示しが、」
 「沖田隊長の姉上様で副長の大事なお方で局長のご友人ならば、真選組にとっても要人です。それにもしも本当にホイホイ攘夷浪士がやって来るんなら、いちいち密偵とかする手間省けますし」
 監察方筆頭として副長に許可願いますが、副長が否と言うなら局長に許可取ります。そう言ってにやりと口角を上げた山崎に、おーいいぞいいぞと近藤が声をかけようとした刹那、ずどんと一発バスーカがぶっ放された。
 「おいおいザキィ。てめェそりゃあ、姉上を餌にてめェらが仕事サボろうって魂胆ですかィ」
 空気読めやアアアア、と山崎の顔がげんなりするが、我らがサド皇子は読める空気は読まないのだ。特に土方のことに関しては。
 そのサド皇子は、一瞬だけちらりと土方と目を合わせたかと思えば何も言わず、横を擦り抜けて部屋の外へと足を向けた。途中でバスーカに倒された山崎を拾い上げ、隊服の襟首を掴んでずるずると引き摺っていく。近藤もよっこらと立ち上がり、バンバンと土方の肩を叩いて部屋を出て行った。
 「―― 一つ、言っときやすがねィ」
 部屋の出入りに立ち止まり、総悟が振り返る。近藤から受け取った切符を懐に収め、山崎に渡された上着を羽織りかけていた土方は、その動きを止めて視線だけで総悟を見やった。
 「姉上はあれでも、武士の娘でィ。あんたの方が先に死ぬかもしれねェなんてことも、あんたがもう散々っぱら人斬り殺してるってェことも、ぜェんぶ承知してまさァ」
 というかそれを許してもらえねェなら、俺だって姉上に合わす顔なんざとっくにないじゃねェですかィ。最後の呟きは庭に降り積もる雪に向けて。そうして総悟は山崎を引き摺りながら、今度こそ本当に土方の部屋から出て行った。


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