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* それはとても、晴れた日で *

かきたいときに、そのときかきたいことを無節操に。

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【銀魂二次】その手向けの花の名は、【真選組(土・沖メイン)】
銀魂。長い長い時が過ぎた後のおはなし。土方さんと沖田さんメインで真選組4人。
死ネタといえば死ネタ。でも哀しくはないつもり。いつか来る別れのおはなし。ぶっちゃけみんなお爺ちゃん。








 畳の部屋に一組の布団が敷かれている。
 縁側に続く障子戸は開かれていて、柔らかい陽射し降る庭先からは、どこか懐かしい甘い香りがした。あれは、そう…白丁花の甘い甘い香り。
 甘い香りを纏ったそよ風がふわりと部屋に舞い、土方の目の前、敷かれた布団に寝ている男の前髪を微かに揺らす。
 「……、姉上」
 布団に寝かされながらぼんやりと縁側の向こうを眺めていた男――総悟が、ぽつりと、言葉を零した。
 そう、この花の甘い香りは、土方にとって、総悟にとって、二人にとって、結局最期まで一番大切だった女(ひと)の薫りだった。






 あれから、長い長い時が過ぎた。
 あれ、というのをどの時代に置くかでまた長さは違うのだが、多分今二人が思い出している時代は一緒であろう。
 江戸で。腰に獲物をぶら下げて。土方はまだ二十代後半、総悟に至っては十八という、それぞれ若さと力が溢れていて。
 自分の理想のために、信念のために、刀を振り回していたあの時代。
 たくさんの仲間たちと、寝食を共にして笑い合っていたあの時代。
 おかしな連中と、奇妙な縁を築いたあの時代。
 あれから、長い長い時が過ぎた。
 床に臥せる総悟の、甘やかな春風に擽られるその髪の毛が白くなるほどに。
 その枕元に胡坐をかく土方の、あの艶やかだった黒髪も、真白くなるほどに。
 まぁしかしハゲずに良かったと、土方は風に流され少し乱れた総悟の髪を撫でて整えてやりながらニヤリと口角を上げる。
 それに返るは、呪いが足りやせんでしたかねィという相変わらずなドSな笑み。
 例えその髪が白くなっても、布団から覗く首筋や顔、着流しから伸びる手に皺が増えても、二人浮かべる表情はあの頃と変わらない。そして、土方の手に馴染む総悟の髪の手触りも、総悟の髪を撫ぜる土方の少し荒っぽい手付きも。
 (何だかなァ)
 (何だかねィ)
 そうして二人、無言で互い視線を逸らし、縁側の向こうを見やるのだ。何でこうなるのかね、と。



           ***



 幕府だ攘夷だ侍だといっていたあの時代。
 けれどいつの間にか自然に幕府はなくなり、内閣という名前に変わった。一応国民の投票で代表者が選ばれるという制度ではあるが、結局はまぁ何やかやと、幕府時代の高官たちの権力が幅を利かしているのは変わらない。
 真選組も武装警察からただの一警察組織へ変わり、刀もバズーカもジャスタウェイも持てなくなり、基本装備は警棒と拳銃のみとなり。しかも拳銃の発砲にはたくさんの申請と承認を得なければならず、かつての総悟のように所構わず発砲することは許されなくなった(総悟のバスーカだって本当は所構わずぶっ放していいものではなかったのだけれど)。
 その頃には土方も総悟も既に現場に立つ立場ではなくなっていたから、だから現場の人間が持つその基本装備すらも許されず、早番も夜勤もなくなり、毎週月曜日から金曜日まで、朝は九時から夜は十八時までという決まった勤務体制になって。勤務自体も一日机に座って書類を決裁するか、時たま会議をしたりお偉いさんに接待したりされたりするだけで。
 最初の頃はその単調でつまらない毎日に嫌気も差したし、丸腰で過ごすことに落ち着かない思いもした。
 けれど、組織のトップが変わらず近藤だったから、辞めることも出来ずにただ淡々と、ずるずると。
 それに、辞めたところでかつての真選組のような組織はもうない。時代が変わったのだ。もう、あんな滅茶苦茶で破天荒な組織は、この国のどこにも存在出来なかった。
 そうして結局土方は、副長として六十の定年まで勤め上げたのだった。近藤が一足先に定年を迎えた後の最後の数年は、局長として。
 総悟はと言えば、こちらもやはり土方と同様、近藤が居る組織を辞めるようなことはなかったけれど、仕事のしなさっぷりは最後まで変わることはなかった。
 現場に出る必要がなくなったのをこれ幸いとばかりに、日がな一日惰眠を貪るか、どこかにふらりと出掛けてそのまま帰って来ないか。たまに近藤の執務室で茶を飲んでいたり。
 現場に出ない代わりにテメェには書類仕事がこんなにあると土方が何度言っても、気付けばその書類は土方の執務机に乗せられていて。最後には結局土方がやらざるを得なくなる(しかしまぁ、昔のあの始末書の山に比べたら)。
 そして、近藤の定年と同時に辞めていった。曰く、こんなクソつまんねェところ、近藤さんが好きだから居ただけだ、ついでに、アンタの下に就くとかあり得ねェんで、と。
 もう五十にもなるオッサンが、ガキの頃と変わらねェことを。それが堪らなく可笑しくて、土方は放り投げられた退職届を何も言わずに決裁して、人事部に回してやった。今までずっと、何十年もコイツのケツを拭き続けて来たんだ、だったらもう、ここまで来たら今更じゃないか、と。



 定年した近藤は武州に戻り、総悟もそれを追っていった。そして近藤は再び田舎の同じ場所に剣術道場を開き、総悟も指南役として収まった。姉が亡くなった時一度は手放した家屋敷を買い戻し、そこで一人で暮らしながら。
 結局土方も総悟も、生涯誰かと縁を結ぶことはなかった。土方は元々そのつもりだったから良いとして、まだ若い頃には総悟のその辺りのことには随分と気を揉んだものだった。
 見た目(だけは)麗しい好青年だったので、モテないということはなかった。多分相当数の女性とそういう関係になっていたはずである。しかしまぁ、ドSだったので。総悟が求めたのは“恋人”ではなく“M奴隷”で、そして何故かいつもその“M奴隷”たちは最後には豹変した。
 総悟によってドMに調教された針が振り切って一周回って引っ繰り返って女王様へ変貌した者(総悟を監禁して鞭を振るった女に土方は尊敬の念を抱いた)、二人だけの世界に生きたいと無理心中しようとした者(ベタ過ぎる上に総悟相手に無理心中なんてそれこそ無理な話だ)、たくさんの女性たちとそんなことを繰り返し、そして気付けばいつの間にかオッサンになっていた。
 オッサンになっても総悟がその気なら遅くはなかったのだが、「今更いいでさァ、面倒臭ェ」その一言で話は終わってしまった。
 テメェが愛してやらねェからだろうが、と。いつだったか土方はそう総悟に言った記憶がある。
 “恋人”だろうが“M奴隷”だろうが、呼び名は違えど女性と深い関係になるならば、そこには互いを想い合う心が必要である。女性の方からの総悟に対する想いはひしひしと伝わるのだが、それに対する総悟の心にはこれっぽちもその女性たちに向ける気持ちがないことを土方は知っていた。
 「たりまえでさァ、あんなビッチども」
 俺はそんなに安くありやせん、とあっさりきっぱり言い切った総悟。……歳を重ねるごとにドSに磨きをかけながら、その実、それに屈しない女性を求めていたことも、土方は知っていた。そして土方が知る限り、そんな女性は総悟の人生において、たった二人だけ。
 一人は、土方もかつて愛した人。もう一人は――あの時代に築いた奇縁の内の一つ、今頃どこかの宇宙(そら)で餅つきでもしてんじゃねェかと思う、兎の末裔。
 彼女と一時期、ただの喧嘩友達以上の距離に近付いたことを知っている。けれどそれは、彼女が宇宙に飛び出すことで終わったようだった。
 彼女はいつか宇宙で勝負することを決めていたし、総悟も命尽きるまで近藤に仕えることを決めていた。二人は全て分かった上で一時想いを共有し、そして笑って別れたのだろう。それから暫く空を見上げることの増えた総悟の顔が、瞳が、気配が、全てが酷く穏やかで、慈しみに満ち溢れていたから。



 逆に近藤は、絶対の絶対の絶対に無理だと思われていた、万事屋のメガネの姉貴をついにモノにした。…十二年に渡るストーカーの果てに。
 白髪頭の糖尿天パ曰く、ついに大台(三十)にのって、行かず後家なのはプライドが許さなかっただけだろう、なんて宣ったが、本当のところは誰にも分からない。まぁとにかく、二人は長い長い遠回りを経て、やっとこ夫婦になったのだった。
 一男一女の子供にも恵まれた。男児の方は父の後を追って警察へ、女児の方は嫁いで今も江戸に住んでいる。孫も産まれ、後年の近藤は常に鼻の下伸ばしっぱなしのだらしのない顔をしていた。…だらしのない、で語弊があるならば、幸せな、と言い換えてもいいだろう。
 お妙はやはり武士の娘らしく、一度腹を決めたらとことん近藤を支えてくれた。定年後の武州行きにも反対せず着いて行き、最後の最期まで、近藤に寄り添ってくれた。
 ――――五年前、近藤を見送るまで、ずっと、ずっと。



           ***



 最初は山崎だった。



 定年後、土方は江戸に残っていた。近藤に武州へ来るよう誘われていたし、総悟なんて当然そうなると決め付けていて、「オメーの席ねェから!」と、年に二度武州に顔を出す土方と顔を合わせる度言い続けていたけれど、土方は初めから武州に戻る気はなかった。
 特に何か理由がある訳じゃあない、敢えて言うなら、住み慣れた江戸の方が便利だっただけだ。
 そもそも武州は、既に土方の故郷ではなくなっていた。義兄が逝き、義姉も逝ってしまった時点で。
 それでも、あなたが産まれ育った地で、何より、局長も隊長も居るんでしょう、と。土方の後数年で定年を迎え、同じように独り身だったからか(ちなみに、結局結婚出来なかったのは副長の人遣いが荒いからだ、と良く文句を言われたが、そんなことは土方の知ったこっちゃない)上京して江戸に住んでいた妹夫婦宅に身を寄せていた山崎が、十日に一度土方の家を訪れる度にそう諭すように言って来たが、土方は上司と部下であった時のように、うるせェと拳一つでいつも黙らせた。
 幕府がなくなり、真選組がなくなり。武士という身分がなくなり。ただの公務員の管理職に落ち着いた時点で、土方は一つの終わりを見たのだ。
 それは時代であり、己の使命でもあった。
 それでもまぁ、ここまで来たら最後まで、と。考えられないくらい単調でぬるま湯で緩やかに死んでしまいそうなほどつまらない毎日を何とか積み重ねて、やっと己が命の――近藤の、定年退職を見届けて。
 己が生きた意味の終焉を、感じたのだ。
 もういいのだと思った。近藤は無事に闘いの生を終え、残った時間はまた彼らしく生きていくのだろう。己が使命は近藤を護ること、その使命は全うされたのだ、と。
 だからもう、土方には近藤を追って武州に戻る理由がなかった。親類縁者も居ない、いくら時代が変わったと言ってもまだ田舎の武州より江戸の方が住み易い、じゃあ俺は江戸でいい、ただそれだけのことだった。
 勿論、友人として近藤を好いていたし、総悟なんて友人というよりは弟に感覚が近い(本人に言ったら殺されるだろうが)。だから年に二度、彼岸と年始に墓参りも兼ねて武州へ行き、近藤と総悟を訪ねた。ガキの頃からの友人で、しかも一時は寝食すら共にしていたのだ、お互いいい歳をしてしかも片方は家庭も持つ身で、距離感としてはこのぐらいがちょうどいいだろう、と。
 そこまで山崎に説明してやる義理はない、だからいつも土方は拳一つで話を終わらせる。
 そして、もう互い退職しているのだから上司と部下でも何でもないのに、長い上下関係から抜け出せない山崎は、変わらず何かと土方の世話を焼きに十日に一度やって来る。武州に帰れ、煙草を減らせ、マヨを減らせ。殴る。痛いです副長、と涙目で恨めしげに見てくるその顔はどれだけ歳を取っても昔と変わらずに(嗜虐性をそそって逆効果という意味で)。



 土方は、当たり前のように自分が一番最初だろうと思っていた。
 山崎の言葉じゃないが、若い頃からの煙草、毎食の土方スペシャル、大酒飲みというほどではないにしろ普通に嗜んでいた酒、それら全てが身体にいいものではないことぐらい分かっていた。そして、それでよかった。そもそもこんなに長く生きる予定ではなかったのだ、もっと若い内、まだ刀振り回して戦場を駆けていたあの時代にいつか死ぬもんだと思っていたのだから。
 だから、山崎の妹からの電話を受け取った時も、まさかそうなるとはこれっぽっちも思っていなかった。
 風邪を拗らせて入院したという手紙は受け取っていた。返事は出したが、見舞いに行くことはなかった、どうせその内退院するだろうと思っていたから。
 山崎の妹が電話口で、消え入りそうな声で、兄が昨晩からずっとあなたを呼んでいるんです、と言って来ても、何を気弱になってるんだ、一発殴って目ェ覚まさせてやる、としか思わなかった。
 ――けれど、呑気に見舞いの花なんて設えフルーツまでぶら下げてその病室に訪れた時、山崎は今まさに、今際の際を迎えていて。たくさんの生死を見て来た者にとって、その分け目を見極めることは呼吸をするように簡単なことだった。



 「…副、長」
 不義理に過ぎる上司を責めることなく、山崎は間に合った安堵に頬を緩め、遺していく不安に目を細めた。
 「煙草は…せめて、一日一箱に、マヨは二日に一本、に、してくださいね…」



 そのまま、満足そうに目を閉じた山崎を前にして、土方は何で、と思った。
 自分が一番最初だろうと思っていた、だから、今まで一度も言ってやれなかった謝意を、勤めている時も退職した後でも、変わらず自分に心から尽くしてくれたお前に、きっと生きている内には直接言ってやれない心からの感謝を、遺してやっていたのに。
 何で先に逝きやがる、一晩かけたあの文をどうすればいいのだ、と。



           ***



 そして、その次が近藤だった。



 意外にも、その連絡は総悟からだった。
 春を迎え桜が咲いて散る頃、総悟から電話がかかってきた。それだけでも明日地球が滅亡するのではないかと恐々する土方に、開口一番告げられた言葉が、「あんたちょっと、明日帰って来なせェ」。
 何でだ、と問うても、何かあったのか、と問うても、総悟はそれ以上何も言わなかった。
 嫌な予感に追い立てられるように、明日と言わずその日の晩の内に武州に着いた土方の前に、臥せていた床から半身を起こして笑っている近藤の姿があった。
 どうしたトシ、と心底驚いた顔をして出迎えた近藤に、こんなジジイになってホームシックらしいですぜ、とニヤリ笑う総悟に目を合わせる。……たくさんの生死を見て来た者にとって、その分け目ははっきりとしていて。昔と変わらず憎たらしく笑う総悟の眼は、ちっとも笑っていなかった。
 ちょっと風邪が長引いてなァ、俺ももう歳だなと白くなった頭を照れ臭そうに掻く近藤は、いつも通りに見えなくもないのだけれど。
 それから一週間ほど過ぎたある晩に、土方は近藤と二人、縁側で杯を交わしていると、彼はやや寂しげに、困ったように呟いた、総悟には敵わねェな、と。
 お妙さんを遺して逝くのは辛い、お前らを遺して逝くのは辛い、だからカッコつけたかったわけじゃねェけど、どうせなら誰にも悟られずに逝きたかった、きっと俺ァみっともなく死にたくねェって言っちまうような気がして。
 そう零す大将に、ふざけんじゃねェ、と土方は吐き捨てた。
 もしも連絡寄越してなかったら俺ァアンタを憎んだし総悟を殺してたよ、そもそもアンタもう、一度はゴリラストーカーまで身を堕としたんだ、今更何をカッコつける必要があるよ、みっともなくたっていいじゃねェか、それがアンタだろ。
 土方のその言葉に、酷ェなァトシ、と近藤は昔のように笑った。
 そのまま二人、黙って酒を交わし続けた、…酷く塩辛い酒を。



 それから三日後、近藤は逝った。
 彼の愛する者、彼を愛した者に囲まれて、心配していたような泣き言なんて一言も言わず、ただ遺してしまう妻にすまないと、子供たちに後を頼むと、土方と総悟にありがとうと、それだけを繰り返し言いながら、泣き言は一言も言わなかったけれど泣きそうな顔で微笑いながら、ただ遺される者たちに言葉を遺しながら。



 ――――あァ、でも、俺ァ本当に、幸せだった。



 最期に吐き出した一呼吸、それと共に零れた言葉、そして目を閉じたその顔は、それまでの泣きそうな顔なんてどこへやら、言葉通り心底幸せそうな、心底満足そうな笑みが溢れていて。
 遺される者たちに最期に置いて逝ってくれた幸せを、みんなで噛み締めながら、泣いたのだった。



           ***






 ――――そして。もうすぐ、総悟が逝く。






           ***



 たくさんの生死を見て来た者にとって、生と死の境目ははっきりしていた。それは、他人のことだけでなく自分のことでも同じだった。
 だから総悟は、一週間ほど前、土方を武州の自宅へと呼び寄せた。
 …本音は、来れなきゃいいと思っていた。あっちはあっちで臥せっていて、互いに互いを看取るようなことなく、大体同じような時期に逝ってしまえればいいと思っていた。いや、奴を殺すのは自分だと豪語していた手前、一分一秒でも自分の方が長く生きていたいとさえ思っていた。
 しかし昔から空気を読むことを知らないあの男は、呼び寄せたその日の内に総悟の元まで帰って来てしまったのだ。総悟の望みは呆気なく打ち砕かれてしまった。
 「大体、おかしいでさァ」
 臥せった床の中で、部屋の障子戸を開け放して縁側の向こうから流れ込む暖かい風に前髪を揺らされながら、その髪を飽きもせず撫ぜ続ける土方の掌の感触を感じながら、総悟は唇を尖らせて枕元に座る土方を睨み上げた。
 「アンタの方がジジイで、煙草だマヨだ酒だって好き放題やってたクセに、何でそんなに長生きするんですかィ。あれかィ、アンタやっぱり妖怪なんじゃねェんですかィ、妖怪ニコチンコ、」
 「うるせェよ馬鹿。……俺だって、まさかテメェまで見送るハメになるたァ思ってなかったよ」
 テメェの呪いは本当効かねェな、と土方も総悟を睨み付けてくる。あんなに昔は儀式を行うことに怒鳴り散らしていたクセに何を今更、と総悟は呆れるしかない。



 何でこうなるのか。何でこうなってしまうのか。この一週間、何度も何度も繰り返し考えたことを、総悟はまた考える。
 そもそも、一番最初は土方だと思っていたのだ。本人だってきっとそのつもりでいたはずだ。
 総悟は知っている、予想に反して一番最初に逝ってしまった山崎の葬式の時、目の前のこの男は目を真っ赤に腫らしながらも酷く不機嫌そうに腹立たしそうに、山崎の棺の中に文を入れていたのを。葬儀の後に近藤にそれを問われた土方は、まさかアイツのが先になるとは思ってなかったからとか何とか、もごもごとはっきりしないことを言い、結局はぐらかしたけれど、大体何が綴られているのかは見当が付いた、だって土方はああ見えて(本当にああ見えて、だ、大体いつも怒鳴る殴る蹴るのパワハラしかしていなかったのだから。そしてそれは対総悟に対しても言える。え?日頃の行い?そんなの知りやせん)山崎を心から信頼していたし、可愛がっていたのだから。
 その文は近藤の葬儀の時にも登場した。みっともなくボロボロと、しかし静かに泣きながら、大切そうにその文を近藤の棺の中に収めていた。そこそこ厚味のある文だった。近藤が逝ってしまう十日ぐらい前からずっと武州に滞在していて、その間そんなものを土方がしたためているのを総悟は見ていない。タイミングとしては、近藤が眠った後、何の準備もして来ていないからと一度江戸へ戻ったあの時だ。しかし本当に行ってすぐ戻って来たようなあの僅かな時間で、そしてあの精神状態の中で、いくら腐るほど書類仕事をしてきた土方であろうと、あの厚さの文を綴ることは出来なかったはずだ。
 そもそも準備には余念のないこの男のこと、そしてかつては“鬼”だなんて呼ばれていたのがちゃんちゃら可笑しいほど情に厚いこの男のこと(だって山崎の遺言だか何だか知らないが、山崎が逝ってから煙草は一日一箱、犬の餌丼も一日一食に減らしたと言うのだから!)、そういうものを事前に準備してあったとして全く違和感を感じない。
 と、いうことは、だ。
 多分、きっと、総悟の分もあるのだ、あの文が。



 何でこうなるのか。何でこうなってしまうのか。答えはないと知りつつも何度もその言葉ばかりが総悟の頭の中をぐるぐる回る。
 泣いてやるはずだったのだ。
 山崎の葬儀の後、三人で土方の家で酒を交わしながら、地味なアイツの思い出を何とか思い出し語り合いながら少し泣いたように。
 近藤の葬儀の後、自宅の縁側で土方と二人、言葉少なに酒を飲みながら空を見上げて静かに泣いたように。
 土方が逝って。遺された文を受け取って。焼いている間の暇潰しにでもそれを読んでやって、最期くらいは泣いてやるつもりだったのだ、総悟は。
 己の人生、その中で不本意にも一番長く(そりゃそうだ、まだ十になる前から今までだから生きて来た時間のほぼ全てだ)共に居た奴だから。そしてこの人生の中で一番輝いていたあの時代、理想も信念も使命も、全てを等しく担っていた片割れなのだから。
 (なのに、なんで、)
 何で、こうなってしまうのか。



           ***



 「…この家、アンタに譲りやす」
 互い黙って視線を庭先に飛ばして暫く、総悟がぼそりと呟いた。心底不本意だ、と言わんばかりに。
 何をと土方がその顔を見下ろしても、総悟の視線は庭に投げられたまま、必要な書類はそこの引き出しに入ってやす、と言ってこちらの疑問を取り合おうとしない。
 「オイ、何言って、」
 止まっていた頭を撫ぜていた手を、総悟は己の手を伸ばして触れた。そのまま布団の上まで下ろし、握る。二人笑んだ顔は変わらなかった、触れた髪の手触りも、撫ぜる手付きも変わらなかった、けれど握り合った掌は、昔より乾いていて皺だらけで、剣ダコや(土方にだけある)ペンだこの位置は変わらなくとも、互い硬く筋張っていた頃が嘘のように、全体的に柔らかくなっていた。
 長い、長い時が過ぎたのだ。髪が真白くなるほどに、皮膚が皺だらけになるほどに、筋肉が削ぎ落されて柔らかな肉になるほどに、死に逝く者を寂しさだけで見送れるようになるほどに。
 「もういっそ、アンタは来なくていいですぜ。俺たちァ向こうでまた真選組やりやす、そして今度こそ俺が副長でさァ」
 「総悟、」
 握られた手を、土方は強く握り返す。そしてその手を揺らして、己と視線を合わせるように強請る。それでも総悟は庭へ視線をやったままこちらを向こうとしないから、焦れた土方は布団へとにじり寄り、真上から総悟の顔を覗き込んだ。



 ――――春は杏に白丁花、夏は梔子に百合、秋は金木犀に山茶花、冬は水仙。



 まるで歌うように紡がれた総悟の言葉に、土方は目を見張った。その花々の薫りは、



 「…後のことは、姉上に任せやす、」
 だからアンタは、姉上に看取られなせェ。



 その花々の薫りは、土方にとって、総悟にとって、二人にとって、結局最期まで一番大切だった女(ひと)の薫り。



 「よろしく頼みました、姉上」



 布団の上の視線が土方の方へと向けられた。けれどそれは、どこか外れていた。覗き込む土方の、頭一つ隣りぐらいに。
 総悟がふわりと微笑う。それは決して土方には向けられるはずのない、彼の大切な姉と、大好きな近藤にしか向けられるはずのない……



 ――――俺の馬鹿な後輩で悪友で兄貴を、頼みました……



 一瞬だけ、土方の手を握る総悟の手に力が入ったような気がした。けれど、最期に大きくふー…っと一つ息を吐くと同時にその手の力は弱まり、そして、抜けた。
 「総、」
 閉じられた瞼、口元に残る、彼の大切な人にだけ向けられる優しい微笑みの名残り。
 「そ、」
 何でこうなるのか。何でこうなってしまうのか。若い頃からの煙草、毎食の土方スペシャル、大酒飲みというほどではないにしろ普通に嗜んでいた酒、いいやそもそも、もっと若い内、まだ刀振り回して戦場を駆けていたあの時代の内に死ぬはずだったのに。
 「、」
 それでも、長い長い時が過ぎる内、時代が変わり、武士がなくなり真選組がなくなり、戦とは無縁になってしまったこの世を生きる内、土方は死に逝く者を寂しさだけで見送れるようになってしまった。それだけの年月を、自分も山崎も近藤も総悟も、生きてしまった。
 だけど、
 「…直ぐに、逝くさ」
 副長の座は渡さねェよ、馬鹿な先輩で悪友で弟なんかに。



           ***



 畳の部屋に一組の布団が敷かれている。
 縁側に続く障子戸は開かれていて、柔らかい陽射し降る庭先からは、どこか懐かしい甘い香りがした。あれは、そう…白丁花の甘い甘い香り。
 甘い香りを纏ったそよ風がふわりと部屋に舞い、土方の目の前、敷かれた布団に寝ている男の前髪を微かに揺らす。
 この花の甘い香りは、土方にとって、眠る男にとって、二人にとって、結局最期まで一番大切だった女(ひと)の薫りだった。
 風が揺らす眠る男の髪を、土方はただひたすらに撫ぜ続けた。昔と変わらない、陽射しに透けてきらきらと輝いていたあの頃と変わらない、その柔らかな手触りを確かめるように。
 「…お前、」
 土方は片手で男の髪を撫ぜながら、もう片方の手で器用に書類束を検めていた。
 「マトモな字書けるんじゃねェか」
 眠る男は、かつて土方の先輩だった。
 そして生涯の悪友であり、弟でもあった。
 けれど、負う理想も信念も使命も全てを等しく担っていたとは言え、肩書上は部下でもあった。
 土方は、この男が部下であった時代、とにかく男の書類仕事に泣かされてきた。まず面倒臭がってやらない(そのケツ拭きは全部己に回ってくる)、珍しくやったとしても(強制的にやらせたとしても)、書かれた文字はまさにミミズののたくったそれで解読すらままならず、結局全てこちらで再作成してやってばかりいた。
 それなのに、
 「だったらもっと、やらせりゃ良かった」
 まるで手本のように美しい字を見やって、土方は涙を流して、そして微笑った。


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