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銀魂。沖→(←?)土からの沖神未満。そしてどこまでも土ミツ。銀さんはみんなのお父さんでお兄ちゃん。
柳生篇とか六角篇とか(他諸々)の単行本を購入した結果、自分の中に初めて沖神の可能性を見ました。そんな状態の中での最新刊、まさかの本人による「総くん」押し…!そして「前髪V字の女」発言…!
今までの自分の妄想(どこまでも沖→土)との折り合いをつけつつ滾った全ての萌えを詰め込んだらこうなりました。
頭がパーンとなってやった。後悔も反省もしていない。
二年後(そーちゃん二十歳)設定ですが、バカイザーとは別物です。
柳生篇とか六角篇とか(他諸々)の単行本を購入した結果、自分の中に初めて沖神の可能性を見ました。そんな状態の中での最新刊、まさかの本人による「総くん」押し…!そして「前髪V字の女」発言…!
今までの自分の妄想(どこまでも沖→土)との折り合いをつけつつ滾った全ての萌えを詰め込んだらこうなりました。
頭がパーンとなってやった。後悔も反省もしていない。
二年後(そーちゃん二十歳)設定ですが、バカイザーとは別物です。
その晩、真選組屯所では【祝☆沖田隊長お誕生日おめでとうございます!】という横断幕の元、例年通りの宴会が行われた。
隊士の誕生日にかこつけて飲み会が開かれるのはいつものことで、特に総悟や近藤、土方といった真選組の中心メンバーの誕生日ともなれば忘年会、新年会と並ぶほどの大宴会となるわけなのだが、それでも今年は、それに輪をかけて大きくて騒がしいものになった。
真選組一番隊隊長、沖田総悟。二十歳の誕生日であった。
二十歳だからなんだと。心から真剣に総悟は思っている。
成人したのだ、と近藤を始め幾人もの隊士から祝いの言葉を贈られたが、それは全く総悟の心には響かなかった。
総悟の田舎は、天人襲来からなる開国、それによる異文化の流入、一気に進んだ文明開化とは少し距離があった。故に、今でこそさすがに二十歳で成人、がスタンダートとなりはしたが、総悟が幼い頃にはまだまだ元服制度が残っていたのだ。
今日あんなに楽しそうに嬉しそうに酒をかっくらっていた近藤や原田らといった田舎の道場からの付き合い連中だって、みな元服を以ってして成人を迎えている。
総悟が元服を迎える歳の頃には既に江戸に出ていて幕臣となっていたから、二十歳で成人、という枠に嵌められてしまったけれど、総悟の中ではそれはあくまで表向きのことでしかなく、だから自分としてはとっくに成人していたつもりであったので、とにかく今夜の宴は尻の座りが悪くて仕方がなかった。
そもそも、その辺りのことはみな理解してくれていると思っていた。だから今まで、屯所であれば酒を飲んでいたって咎められることはなかったし(さすがに外では駄目だと言われていたが)、花街だって誰かと連れ立って行くのであれば黙認されていた。
何を今更。今晩の総悟の気持ちを一言で表すならばまさにこれに尽きる。さすがに、眼に涙を溜めて笑っていた近藤を前にして口には出来なかったのだけれど。
そんなこんなで、不機嫌といえば不機嫌だけれどそれをいつものようにぶつけることも出来ずに悶々としたまま、総悟は静まり返った深夜の屯所の廊下を進み、ある一つの部屋にするりと身を忍ばせる。
副長土方の、執務室兼私室に。
土方も今夜はしこたま飲んでいた。元々宴会ともなれば(大して強くもないくせに)飲める時はとことん飲む男だったが、それにしても今夜は気持ち悪いくらい上機嫌に杯を重ねていた。……それが、近藤らと同じように総悟の成人を祝う気持ちから来ているのかと思うと、本当に心底薄ら寒い。酔い潰れて寝ていたらそのまま永眠させてやろうと思っていたのだが、しかしそこは腐っても副長殿、総悟の来訪を見越していたのか、文机に肘をついてぼんやりと煙草を燻らせていた。
「…何でィ、命拾いしやがったな」
酔いはまだ醒めていないのだろう、総悟の声に緩慢に首を動かし振り向いた土方の顔は赤く、そしてあり得ないほどに気が抜けていた。
やっぱり殺してやろうかと苛立ちを募らせながら、それでも総悟はそんな土方を無視してさっさと奥の間に敷かれている布団に潜り込み、土方に背を向ける形で横向きに寝転ぶ。
その段になってやっと、総悟、と呼ぶ男のいつにないのんびりした声音に、知らず眉根が寄った。だが、返事は返してやらない。
やがて、部屋に立ち込めていた濃い煙の臭いが消え、ざり、という古い畳を踏みしめる足音と共に土方も布団へとやって来た。そうして残されたスペースにその身を捩じ込み、総悟と同じように背を向ける形で横向きになる。
一人用の布団に大の男が二人。背を向け合っていても丸めた互いの背中の一部分がぴたりとくっつき、そして総悟は土方の熱を知る。平素ならば総悟の方が高い体温が、今夜は酒の抜け切っていない土方の方が高い。
土方が総悟の来訪を見越していたわけではない。
これはもういつものこと、いつからだったのかはもう覚えていない、けれどいつの頃からか当たり前になった光景だった。
そして、いつからかは覚えていなくとも、始まりの言葉だけはしっかりと覚えている。
――――アンタ、俺のモノになりなせェよ。
自分から全てを奪っていったこの男。
近藤の隣の立ち位置をその信頼を、姉の関心をその愛情を、根こそぎ奪っていったこの男。
優しさと甘さだけに満たされていた世界を、余すことなく全て壊し尽くしていったこの男。
憎くて憎くて憎らしくて、哀しくなるほどに憎むしかなくて。
それが捩じれて歪んで発酵して熟成した結果、この男を自分のモノにすれば全て解決する、という思考に到った。
自分から奪っていったモノを全て持つこの男を自分のモノにすれば、それ即ち奪われたモノ含め全てが自分のモノになるということ。
その究極が男の命を奪うことだったのだけれど、色んなしがらみがそれを許してはくれないようで。
だから仕方なく、総悟は土方の存在を手に入れることを選んだ。
だからそれは提案ではなく願いでもなく、強いて言うならば妥協案、しかしこれ以上は一歩も譲れないという固い意志表示でもあった。
――――アンタ、俺のモノになりなせェよ。
それに対し、土方が何と答えたのかはやっぱり覚えていない。
しかしそれは総悟にとって重要な問題ではなかった、というより問題ですらない、だって男の是も否も聞くつもりは端からなかったのだから。
そうして、こうやって共に眠る日々が始まった。
総悟が背を向ければ、土方も背を向ける。
逆に総悟が土方の方を向けば、土方も総悟の方を向いて、そして緩く背と髪に手が伸ばされ、撫ぜられた。
仰向けになれば土方も仰向け、スペース的にどうしたって触れ合う手を、握ってもそれが振り払われることはなく。
土方の是も否も聞くつもりはなかった、しかしこうして思い返すと、結局土方は終ぞ拒絶はしなかったから、最低でも受け止めてはいたらしい。
やがて夜が明け、いつも通り命を狙い隙あらば貶める日常が始まり、それが繰り返されても。
けれど、それも。
「……今夜で、最後でさ」
ぽつりと呟いた総悟の言葉に、返る言葉はない。ただ、熱が、背筋に触れる熱が、ただそこに在って。
「俺ァとっくに大人になってたと思ってやした。二十歳なんて関係ねェ、アンタや近藤さんたちと同じに、元服過ぎりゃあもう大人だって、思ってやした。けど、」
――てんで、子供だった。情けなくなるほどに、ただのガキだった。
ふぅっと大きな息が漏れる。認めるのは難しかった。まだこのままで居たかった。ずっとこのままで居たかった。気に入りの玩具が欲しいと店先で駄々を捏ねて暴れる子供のように、ずっと誤魔化したままで居たかった。
全てを奪われたと思っていた。
近藤の隣の立ち位置をその信頼を、姉の関心をその愛情を、根こそぎ奪われたと思っていた。
優しさと甘さだけに満たされていた世界を、余すことなく全て壊し尽くされたと思っていた。
憎くて憎くて憎らしくて、憎むしかないと、思っていた。
(そうじゃないんだ、)
その声を聞いたのはいつだったのか。多分それはきっとずっと幼い頃で、それを総悟はずっと耳を塞いで聞こえない振りをしてきた。…てんで子供だった。情けなくなるほどに、ただ、ガキだった。
野郎が現れても、近藤は優しく厳しく総悟の成長を見守ってくれた。剣の腕が上がれば上がるほどにその大きな手で頭を撫ぜて褒めてくれた。自分も近藤に着いて江戸に行くと言った時、驚きながらも満面の笑みを浮かべてくれて、ミツバ殿には申し訳ないが本当に嬉しい、お前が居てくれれば百人力だ、と言ってくれた。大抵の悪戯も我儘も許してくれたけれど、本当に駄目な時には大きな拳骨で叱ってくれた。いつも、総悟、総悟、と呼んでは、くだらないことも真面目なことも、みんな話してくれた。
姉も、同じだった。恋を覚えた姉は花開くように美しくなったけれど、それでも身なりは質素のまま、自分の着物や髪飾りよりも総悟の着物や袴を新調するばかりだった。道場で試合があれば、例え体調が思わしくなくともそれをひた隠してたくさんの弁当を作って応援に訪れ、それを幼い総悟は己のためでなく恋する男のためだろうと気に食わなかったけれど、しかしその弁当の中身は総悟の好物で溢れ返っていた。近所の子供と上手くやれずに寺子屋へも行かなくなった総悟を、叱って無理に通わせるでなく、代わりに手習いを教えてくれた姉。江戸に行くことも反対せずに、一人残される寂しさも見せずに笑顔で送り出してくれた姉。それでも、いつも心配して手紙を送り続けてくれた姉。幾つになっても甘えればいつでも微笑って受け入れてくれた姉。最期だって、悔いる総悟にそんな必要はないと、幸せだったと微笑ってくれた姉。
総悟の背が伸び、見える視界の景色が徐々に変わっていくにつれ、世界には優しさと甘さ以外のものがあると知った。自分が傷付くことを知り、人を傷付けることを知り、人の命を絶つことを知り、人に恨まれることを知った。落ちることのない汚れに身を染めながら、汚してはならないものがあることを知った。
それでも総悟の世界は、いつも誰かに護られていた。それは決して優しさと甘さだけに満ちたものではなかったけれど。厳しさも、時に冷たくもある世界だったけれど。
それでも総悟の大切なものを共に護ろうと、そして総悟を護ろうと、時に背に立ち、時に前に立ちはだかって護ってくれる存在があった。
それは真選組の隊士でもあった、同じ一番隊の部下たちでもあった、田舎道場からの付き合いの他の隊長たちでもあった、胡散臭い店の強い侍とその仲間たちでもあった、己が護るべきはずの近藤でもあったし、そして、今総悟の背に触れる熱を持つ野郎でも、あった。
分かっていた。野郎は、総悟が大切に思うものを同じように大切に思ってくれた。やり方が同じ時もあれば違う時もあったけれど、総悟の大切なものは全て零さず護ろうとしてくれた。
総悟を、大切に思ってくれた。
それをもう、認めなくてはならない。
近藤が、姉が、みんなが、総悟を愛してくれたこと。
それは野郎も変わらないこと。
そして同じように総悟も、近藤を、姉を、みんなを、…土方を、大切に思っていること。
認めなくてはならないのだ、――――大人に、なるのだから。
背中に添う熱から離れるのは寂しかった。二人の体温で温まった布団から抜け出るのは、夏だと言うのに少し寒く感じた。
それでも総悟は起き上がり、未だ横たわる土方の枕元に膝を付いた。
土方は、静かに総悟を見ていた。酔いの残り香など少しも感じさせない、優しくて甘くて厳しくて冷たい眼で、総悟を見ていた。
「…けどやっぱり、俺の“初恋”ってヤツは、アンタだったような気がします」
…唇に、触れる。それは、初めての。
身を起こして立ち上がり、ざり、と古い畳を踏みしめて部屋を出ようと障子戸に手を伸ばした総悟の背に、「……そうかよ」と声が届いた。次いでカチリ、というライターが火を灯した音がして、嗅ぎ慣れた濃い煙草の煙が漂う。深い吐息と共にその薫りがより一層濃くなって。
振り返って見やった男の顔は、薄く微笑っていた。優しくて甘くて厳しくて冷たい眼を細め、嬉しそうに寂しそうに、この世界を慈しむように、微笑っていた。
だから総悟も、微笑った。この美しき世界への賛美と惜別を込めて。
からりと障子戸を開くと、夏の夜の蒸し暑く湿った空気が流れ込んできた。その風は部屋にこもった煙草の煙と静けさを掻き回して、昼間と同じ日常を連れて来る。
「…明日、寝坊すんじゃねーぞ」
――――もう、起こしてやることは出来ないから。
「…寝煙草は火事の元ですぜ」
――――そんなつまらないことで死なれでもしたら、やっぱ殺しときゃ良かったと後悔してもしきれないから。
後ろ手でぱしんと閉めた障子戸の向こう、誕生日を、……成人を、祝う呟きが聞こえた気がしたけれど、総悟はもう、振り返らなかった。
総悟が土方に対して抱いていた気持ちは、対抗心であっただろうし、嫉妬心でもあっただろう。しかし、どこまでも反発しながら、同じだけ執着していたこともまた、事実だった。
視界に入れば何かせずにはいられない。そうして己の行動一挙手一投足にいちいち反応するのが楽しかった。
思えば、何かにつけていつも一緒に居た。本当に憎いなら放っておけばいい、視界になんて入れなければいいのに、思えばいつもその背を探してわざわざ視界に入れては、悪戯を仕掛けてみたり、自分一人で何かを背負って単独で動こうとするのに着いて回ってみたり。
いつも後ろに居ようとしていた。いつも隣に居ようとしていた。気付けば土方もそれを当然のように、事あるごとに総悟、と常に呼びかけて来るのに感じていたのは、優越感ではなかったのか。
そして、気に食わなくて気に食わなくて気に食わないはずなのに、いつもどこかで信じていた。
姉がもう永くないからせめて最期に幸せを、と願えば目を瞑ってくれると信じていた(それはミツバも総悟も護ろうとした彼によって違う形で叶えられた)。例え妖刀に魂を惑わされようと、近藤の危機となれば必ず目が覚めると信じていた。悪戯に監禁騒ぎを起こして身も心も極限まで追い詰めても、決して総悟を見捨てないと信じていた。日々どれだけ斬りかかったり手榴弾を投げ込んだりバズーカを撃ち込もうと、本心から総悟を憎みはしないと、信じていた。
こんな気持ちを、総悟は知らなかった。対抗心でもあった、嫉妬心でもあった、憎くて憎くて憎らしくて、それでも、それが哀しくなるほどに、いつもその背を求めていた。
名付けるならば、“恋”が一番近いような気がしたのだ。幼い子供の、気に入りの玩具が欲しいと店先で駄々を捏ねて暴れるような、ようよう手に入れた玩具を乱暴に扱って壊してしまって泣き喚くような、自分勝手で青臭い、幼い“初恋”。
(……小学生かよ)
中二以前の問題だ。総悟の口端に苦味が乗る。そのまま、夏の夜の蒸し暑く湿った空気に全身を弄られながら、古いけれどしっかりと磨き込まれた板張りの廊下を足音も立てずに総悟は歩き去った。
もうこの道を、夜更けに歩くことはない。
そんなことをしなくても、男の熱はこれからも変わらず、きっと背に隣に目の前に在り続けるのだろうから。
***
(別に、仕事をサボらないとは言ってねェ)
翌日、いつものように見廻りをフケて馴染みの茶屋の表に総悟は腰を落ち着けていた。
つい先日梅雨が明けたばかりの江戸は、一言で言えば、暑い。流石に団子のお供にいつもの熱い茶を頼む気になれず、氷のぎっしり詰まった水の入ったグラスが隣で汗を垂らしていた。
総悟自身は、余り汗を掻く方ではない。と言うより、テンションの問題だと思っている。例え冬場だろうが、稽古や手練れとやり合う時には身体中から熱が溢れてそれが汗に変わる。しかし、端的に言うと今のような、何もやる気のないような時には例え炎天の下だろうと汗を掻くことは少ない。
けれど別に、暑くないわけでは、ない。
特に総悟は、夏でも変わらず隊服をしっかりと着込む性質だった。それは姉の教えの内の一つ、“常に身なりは整えておきなさい”を実践しているからに他ならない。
だから、目の前を横切ろうとしている銀髪頭のお侍さんが、顔から身なりからだらしなさをぶら下げているのを見ると、若干幻滅するような、相変わらず馬鹿だねィと呆れるしかないような、その奔放さに僅か憧れを抱かないでもないような。
「あっれー、総一郎くんじゃん」
目の前を横切るまま、そのまま見送ろうと思っていたのに、気配に敏い元伝説の攘夷志士はあっさり総悟に気付き、遠慮呵責なく総悟の隣にどさりと腰を下ろし、脇で雫を零している氷水を断りもなく手に取って一気に飲み干した。
「総悟です旦那。言っときやすが、今日は奢りませんぜィ」
先に釘は刺しておく。いやまぁ別に、仮にも幕臣、仮にも真選組一番隊隊長ともあれば、貰う給金はこの万事屋一家を養って余りあるほどだが、とにかく今は何もやる気がない。この隣の男、元伝説の攘夷志士白夜叉、またの名を万事屋銀さん、そしてまたの名をマダオと絡むも絡まないも、やはりその時のテンションの問題なのだ。
「えぇーケチ臭いこと言うなよ税金泥棒がよー、…と、いつもなら言いたいところだけどねー。今日はいいよ、銀さんからのお祝い」
お祝い?不思議な単語に僅か総悟が首を傾げても、大体総一郎くんも水臭いよね、言ってくれりゃあ差し入れでもしたってのに、と隣の男は常のように気だるげに笑うだけ。
「何なんですか、どういう意味でさァ」
「昨夜、ちょっと仕事帰りにお宅の屯所の前通りがかったのよ。そしたらエライ騒いでたモンでさァ、」
二十歳だって?おめでとさん。緩い視線が総悟に流れ、そして先程より幾分かマシな笑顔を見せる。まるで、眩しいものを見るような。懐かしいものを見るような。
あァ、と合点がいって総悟は視線を前方の通りに戻す。それでか。見廻りをフケてこの茶屋に行きつく前に起こった出来事にも納得がいって、少し総悟のやる気も戻って来た。頼んだ団子の最後の一本を銀時に譲ってやりながら、相変わらずだねィと少し笑い吐息が漏れる。
「アンタらの場合、差し入れなんて名ばかりでお相伴にありつくのが目的でしょうが。と言うよりそもそも、祝いがたからないことだなんて、そんなの俺にとっちゃあ全くありがたくも何ともないんですがね」
まァまァそう言わず、次は呼んでよ、なんていうのんびりした声音に、何故かふと、昨晩の土方の声が甦った。部屋に入った直後の、酒の酔いを引き摺ったままで総悟の名を呼んだ、あのらしくもなく気の抜けたのんびりした声音が。
その総悟の思考を読めるはずなんてないのに、隣の男は真っ直ぐに核心に突っ込んで来る。
「お宅の保護者たちも、昨夜は大分浮かれてたんじゃないの? 二十歳っつったら、格別めでたいことだもんな」
「……そうでも、ねェでしょ」
二十歳だからなんだと。心から真剣に総悟は思っている。
だって総悟は、元服を以てとっくに成人したと思っている。二十歳なんて区切りはあくまで表向き。
そもそも、元服を迎える前既に真選組一番隊隊長を張っていたし、己の手で人の命を絶つことも知っていた。誰かを何かを護るために、誰かを何かを殺して生きていく覚悟は、あの頃とっくに決めていた。そう思えば、総悟にとっての成人とは元服ですらなく、己が真選組一番隊隊長を拝命した時、己が最初に人を斬り殺した時、己がその覚悟を決めた時だとも言える気がした。
けれど。成人したからといって、それ即ち“大人”になったということでは、なくて。
独占欲と、対抗心と、嫉妬心と、執着心。その全てに雁字搦めになって、幼い子供が気に入りの玩具が欲しいと店先で駄々を捏ねて暴れるような、ようよう手に入れた玩具を乱暴に扱って壊してしまって泣き喚くような、そんなもがきをずっと止められなかった。
昨夜、みんなが総悟を“大人”になったと祝ってくれた。そこで初めて、総悟は自分がまだ子供なのだと認めざるを得なかったのだ。
「俺ァずっと、ガキでしたよ」
銀時によって飲み干された氷水の入っていたグラスから、からんと氷の溶ける音が鳴る。梅雨が明けたばかりの七月の午後、じりじりと地を焼く陽射しと、既にどこからかちらほらと鳴き始めている蝉の声。
茶屋の表の長椅子に座り込む、大の大人、二人。
一人は食べ切った団子の串を口に銜えたまま上下にぶらぶら揺らし、一人は氷の溶けかけたグラスを手に持ってからからと回して。
やがて、一人の男が口を開く。
「…それで? 沖田くんの言う“大人”には、もうなれたの?」
もう一人の男が、それに応えた。
「…えぇ。野郎に拘るのは、もう終いでさ」
そうかい、と問いかけた男は呟いて、口に銜えた串をぷっと道端に吐き出した。応えた男は手に持つグラスを呷って氷から溶け出した僅かばかりの水分を飲み込み、そのまま上を見上げたままの姿勢で、ほんの少し困ったように微笑った。
「けどちょっと、思うんでさァ。……野郎にとって俺ァ、結局何だったのかって」
好きも嫌いも憎いも欲しいも全部一緒くたになったあの男への思いを、“初恋”と総悟は位置付けた。けれどふと思うのだ、自分よりも遥かに大人だったあの男にとって、自分と同衾していたあの日々は何だったのだろう、と。
背を向ければ背に添ってくれた。向き合えば懐を許してくれた。隣り合った手を握れば、朝までそのままで居てくれた。
総悟と姉を重ねていたなんてことは断じてない。それは総悟があの男に対して信じていることの一つ。だってあの男は昔から、ミツバはミツバとして、総悟は総悟として、ずっと見ていてくれたのだから。
「…幸せに、なって欲しいんでしょ」
――銀時のその言葉は、やけにはっきりと総悟の耳に届いて。
「てめェの大事なモンには幸せになって欲しい。…アノヤローの考えてることなんて、それぐらいだろ」
幸せになって欲しくて、拒絶された、姉。
幸せになって欲しくて、受け止められた、自分。
その、違いが。土方らしい、と何故か思った。
「…あー、ホラ、お迎え来たぞー」
間延びした銀時の声が、通りの向こうの角へと流れた。さっと見やれば、ジャケットを小脇に抱えてスカーフも外し、シャツのボタンを幾つも開けて袖は肘まで捲り上げ、それでも真っ赤な顔して額から汗を滴らせる鬼の形相の男が、こちらを見止めて開きっぱなしの瞳孔を更に大きくしていた。
男に捕まる前に、とぱっと総悟は腰を上げる。
「悪ィけど旦那、俺ァこの後予定があるんでさ。さっきの団子の分、ちっと働いてくだせェよ」
ずかずかこちらに向かって来る鬼に背を向けた途端、鬼が走り出したのを感じた。はっきりきっぱり面倒臭ェと顔に書かれただらしのない風体の侍が、それでも総悟の背を護るように立ち、成人祝いな、と後ろ手に手を振ってくれた。
総悟が駆け出した途端、鬼の怒号が往来を揺らす。歩いていた一般市民たちが弁えたように端に寄って道を開けた。何てことはない、こんな光景も江戸はかぶき町では日常茶飯事。
総悟の世界は護られている。こんなにも優しい大人たちに、今も。
***
夕暮れ時の河原。
合成着色料をふんだんに使ったドギツイ蛍光ピンクの風船ガムを噛んでは膨らまし、弾けさせてはまた口内に引き戻し噛んでいる、土手に座り込んだ総悟の背後から一つの影が伸びた。
線の細い身体と、差した大きな傘の形。やっと待ち人が来たと、総悟は口からガムを吐き出して振り返った。
「遅いじゃねェかチャイナ。てめェから呼び出しといて待たせるたァ、とんだアバズレになったモンだ」
夕陽を真正面から浴びて立つ神楽は、眩しそうに差した番傘を前に傾けて陽を遮りながら、総悟の横に少し間を開けてどすんと腰を下ろす。そのぷりぷりした気配を隠そうともせず、総悟の方へは向かずに真正面に顔を向けたまま、膨れた横顔を晒した。
「うるさいネ! お前んトコのマヨラーと銀ちゃんが通りで大騒ぎしてて、巻き込まれたネ。お前らマジで躾がなってないアル」
あー…と総悟は少し眼を逸らしてしまう。まだやってたのかアイツら。とんでもねェマダオどもだ。
昼間、総悟が見廻りをフケて馴染みの茶屋で銀時と会う前。
ぶらりと往来を歩く総悟の目の前に、珍しくあのデカい犬を連れずに一人で神楽が現れた。
散歩途中で偶然出会いしたというわけではなさそうで、これもまた珍しく神楽の方から歩み寄って来て、「よう、税金泥棒」と声までかけて来た。
「…何でィ。明日地球は滅亡すんのか」
昔、“死ぬまでにしたい10のこと”という映画が流行ったことを思い出す。流行った当時は姉がまだ存命で、しかしどこかで永くは生きられないだろうことを感じていたのだろう、そのタイトルを新聞やテレビで観るだけで総悟は胸に痛みを覚えていた。もう既に江戸に出て来た後のことで、胸に痛みを覚えながらも、姉なら何を願うだろう、自分は何が出来るだろうと、一人考え込んで。あの時期は、土方に対してより一層不機嫌だった。
さてしかし、今更『明日、地球が滅びまーす☆彡(CV:結野クリステル)』と言われたところで、自分は何をするか。…昨日の今日で、土方を亡き者にする、とはもう思えない。目の前の少女に視線を巡らせたところで、怒りに震える拳が顔面目掛けて飛んで来た。
「危ねェなァ。何だ、やるってのか」
「うるさいアル! お前今、スゲー失礼なこと考えてたアル!」
というか言った、思いっ切り口にしたネ!と真白い肌を紅潮させながら怒る少女を見るともなしに眺めやって、ふむ、と総悟は腕を組んだ。
神楽は、昔は胸もぺたんこで乳臭いガキだったが、二年経った今それなりに見れる少女になっていた。胸もそこそこ膨らんだし、寸胴だった身体もそれなりの曲線を描き、チャイナドレスのスリットから覗く太腿は張りがあって瑞々しい。本人は気付いていないのか、こうして往来に立ち止まって話をしているだけでも、通り過ぎる人々の目線を釘付けにしている。
陽射しを嫌う透き通った肌とそれに良く映える大きな青い瞳だけは変わらない。それにどこか安堵に似た気持ちを覚えて、総悟はふいと眼を逸らして神楽に問うた。
「…で、いきなりどうした。何か用かィ」
「……あー……」
いきなり唸り出して俯く少女を、総悟は面倒臭さ八割で視界の端に見やる。どうにもこういうのは好かない。いつも通りドンパチ繰り広げた方が、夏の暑さを差っ引いても幾分かマシな気がする。けれど残る二割、普段と様子の違う神楽に引かれる興味のみで、何とかこの無駄な間をやり過ごす。
「…お前、今日、夕方暇ネ」
「生憎俺はどっかの万年貧乏な奴らと違うんでねィ、暇なんてありゃあしねェよ」
「嘘つけ! 今だってどーせサボってたんダロ! …イイネ、今日の夕方十七時、河原に来い。必ず一人で来るヨロシ」
それだけ言うと、神楽はくるりと背を向けてさっさと走り去って行った。
…これは、喧嘩の申し込みか、決闘の果たし状か。一人で来いって、それ何て誘拐犯?
神楽の真意が読めず、総悟は首を捻るしかなかった。この後、銀時に出会って祝いの言葉を言われるまでは。
「…お前昨日、誕生日だったんダロ」
昼間のやり取りをぼんやりと思い返していた総悟に、お誘いの時の逡巡はどこへやら、いきなりストレートに神楽は本題に入って来て、思考を漂っていた総悟を僅か戸惑わせた。
「…そうだけど」
「二十歳って特別だって、銀ちゃんも新八も言ってたネ。それに誕生日は、祝ってくれる人が多い方が嬉しいものアル。だから、……コレやるヨ」
神楽は現れた時から手にしていた手提げ袋を、総悟に押し付けて来る。呼び出されてこんなものを貰うような仲ではないはずなのだけれど、いくら喧嘩相手と言えど人からの好意を無下にしていいとは姉から教わっていない。不承不承という体をいつもの無表情の下に押し隠して、総悟は黙って袋を受け取って中身を取り出した。
袋に手を突っ込んで最初に感じたのはひやりとした冷たさ。取り出した容器の蓋をぱかりと開くとそこには、
「……、アイスクリーム?」
香る匂いがそうだと告げている。それでもその言葉が問いかけになったのは、その形のせいだった。
真白いクリームが縦長い楕円の山を描いてどんと鎮座している。その楕円の一方の先端側から後ろにかけて、細長く盛り上がった二本の膨らみ。膨らみの始まりのやや下の方に、円い青が(恐らくチョコレートだろう)一つずつ描かれていて。もう片方の端の後ろには、丸い雪洞(ぼんぼり)のような膨らみがあった。
上手く説明出来ないが、多分端的に言うとこれは、
「…雪うさぎ?」
「――ッ、お前がッ、」
覗き込んだ、総悟の掌の上に乗る兎にも負けないくらいの白い肌を持つ少女が、今はその肌を射す夕陽よりも真っ赤に染めて、矢継ぎ早に言葉を繰り出した。
「お前が、冬に雪で作ってくれたネ! アレ、可愛くて好きだったアル、だから持って帰ったけど、やっぱり溶けてしまったネ。それで落ち込んでたら銀ちゃんが、ソレ作ってくれたネ。やっぱり可愛くて食べるの勿体なかったけど、みんなで食べたら美味しかった、だからお前にやるソレは、冬の礼と、美味しいデザートにありつけた礼ネ!」
言われて思い出した。今年の冬のある日、相も変わらず総悟が見廻りをサボって公園でぼけっとしていたら、クソ寒い中元気に跳ね回る少女と犬がやって来た。挨拶代わりに一戦交えた後、ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲を黙々と作り続ける少女の横で、何となしに総悟は雪うさぎを作ってみた。本来瞳は南天の紅い実を使うものだが、これもまた何となしに、目の前の兎の瞳と同じ色をした蛇の髭の青い実を使ってみたりして。
出来上がったそれを、少女は珍しく素直に感動の眼差しで見つめていた。
途中で鬼に見付かり引き摺られてしまった総悟は後のことは知らなかったし、そして今の今まですっかり忘れていたけれど、まさかそんな後日談があったとは。へェ、と一言、己の口元に笑みが浮かんで来るのが分かる。
「じゃあ折角だから、ありがたく頂戴してやらァ。……けど、“私を食べて”ってなァ、随分大胆じゃねェか、お嬢さん」
はァ?!と真っ赤な肌を更に染めて怒りと羞恥で震える少女を横目に、スプーンで一口、クリームを削って口に放り込む。甘い。そして冷たくて気持ちいい。暑い日中にずっと外に居て乾いていた身体をすっと沈めていく。
「なッ、お前ッ、食べてって、ちが、」
総悟の余りの発言に未だ復活出来ない少女に、総悟はニヤリと嗤ってやった。人様曰く、ドSの微笑みというヤツで。
「てめェの誕生日はいつだい」
「十一月だけど?! てゆーか違うからナ、ソレはあのうさぎの礼であって、やられたら倍にして返せって、借りも、銀ちゃんが、」
「じゃあ時期的にもちょうどいいや、……うさぎ鍋」
「う、うさぎ鍋…?」
先程まで頭からタバスコでも被ったんじゃないかというくらい赤かった少女の顔が、みるみる内に青褪めていく。その様が、総悟には面白くて仕方がない。
「おや、知らねェのかい。まあ俺も、組の隊士に聞いた話なんだけどよ。東北の方じゃ、冬には野うさぎを鍋にして食うらしいぜ。…今日の礼だ、十一月にはうさぎ鍋持ってってやるよ」
「ふッ、ふざけんなァァァァァ! そんなモンいらないネ、いくらウチが年中食糧難だからって、何でも食うと思ったら大間違いネこのクソサドが!」
立ち上がり、がちゃりと番傘の先端を突き付ける神楽を尻目に、総悟は甘い雪うさぎを平らげていく。神楽も、それを横手に置いて喧嘩をおっ始めて溶けてしまうことは本意ではないのだろう、暫く仁王立ちで総悟を睨み付けていたが、やがて疲れたように再び総悟の隣に腰を下ろした。
***
二人でぎゃあぎゃあと騒ぎながらアイスを食べ終わる頃には、水色と茜色が混じり合った虹色のような空が、すっかりと橙色に変わっていた。
どさりと土手の芝生に背を預けた総悟の視界に映るのは、綺麗な夕焼け、そしてそれと同じ色をした少女の団子頭。
ふと、総悟の脳裏に過ぎる景色がある。
それは故郷での日々、夕暮れ時、稽古帰りにみんなで歩いたあの田舎道。
生い茂る木々の中に落ちゆく陽が揺らめき映る小川、差しかかった橋の上、仏頂面の土方が総悟の脳天を押さえ、まだ幼い総悟が、押さえ込まれて届かないリーチにそれでも噛み付いて、竹刀をぶんぶん振り回して。そんな総悟を指差して近藤は笑い、姉も暴れる総悟に元気いいわねと微笑っていた。
二人とも、総悟を見て、笑っていた。土方の眼差しも、ただ総悟に注がれていた。
そんなみんなの顔に射し込む、朱い光。
振り返った総悟と手を繋いだ姉の細められた眼の中に、その光が映り込んできらきらしていた。射す光が作る影法師は近藤が一番大きくて、まるで雛鳥を連れて歩く親鳥のように見えた。振り返る直前、総悟の頭から土方の掌が離れる時、その手は緩く密やかに総悟の髪を撫ぜていき、離れる指の爪先が朱に染まっていたのと相まって、いやに温かいような気がした。
――それこそがきっと、総悟の護りたかった、世界。その原風景。
「…オイ、チャイナ、お前さ、」
眼を閉じても、瞼の裏で朱い光がちらちらとしたから、仕方なしに総悟はすぐに眼を開く。視界に入るは、橙色の団子頭と振り向いた真白い貌、曇りなき青。
「お前の初恋って、どんなだった」
はっ?!と一瞬神楽は胡乱な顔を見せたが、すぐに眼差しに真剣さを取り戻し(それは多分、総悟がいつになく真面目であることを気取られてしまったからだ、クソ)、唇に小さく笑みを刷いて再び総悟に背中を向けた。言った。
「…兄貴ヨ。――今はあの馬鹿、血に負けた馬鹿兄貴でしかないけどナ。…昔は、優しかったネ」
――――それが本当は、始めから全部嘘だったんだとしても。
吐息のように呟かれたそれに、総悟はゆっくりと一つ、瞬きをして視線を空へと移した。
本人や周囲から漏れ聞く話や仕事の都合上の情報として、神楽の大体の事情を総悟は知っていると思う。神楽の父があの星海坊主であること、兄は高杉と組んで、今やあの宇宙海賊春雨の総督の座にあること。昔、目の前の少女を含めた万事屋一行が大きく関わった(遊女たちは“救世主”について終ぞ口を割らなかったから、一応らしい、とでもしておこう)吉原の乱に、その兄も一枚噛んでいたこと。
しかしやはり情報は情報でしかなく、そして総悟は己の幸せを改めて知った。
だって、優しさが嘘だったことなんて、一度だってなかったのだから。
「……俺も、“きょうだい”だったな」
ぽつりと呟いた総悟に、神楽は振り向いてニヤニヤと笑ってきた。
「聞いたアル。お前のネーチャン、めっちゃ美人だったらしいナ。そんでお前、昔っからドのつくシスコンだったんダロ。未だにそれ拗らせてて、ついでにドSも拗らせちゃって、新八以上に将来が心配だって銀ちゃん言ってたネ」
「うるせェ。あんな童貞と一緒にすんじゃねーや」
“きょうだい”という単語に、神楽は姉を当て嵌めたようだった。まぁ普通そう思うだろ、特に総悟には本当に姉が居たのだから。
そして――――本当の本当は、きっとそれで間違っていないのだ。
「優しい人、だったんダロ」
総悟が周囲から漏れ聞いたりで神楽の事情をある程度知っていたように、どうやら神楽も少しばかりは総悟の事情を知るらしい。とは言え情報源はきっとあのマダオで、そしてあのマダオがあの出来事の一部始終を全て語ったとは思えない、精々、今神楽が言った程度の、美人で総悟がシスコンで、…そして、もうこの世には居ないぐらいのことだろう。
総悟を見やる神楽は、酷く美しかった。美しく美しく、酷く優しい瞳で、微笑っていた。
「……そうだな」
ついと再び、総悟は眼を閉じる。
瞼の裏に甦るは、故郷での日々、夕暮れ時、稽古帰りにみんなで歩いたあの田舎道。
生い茂る木々の中に落ちゆく陽が揺らめき映る小川、差しかかった橋の上、仏頂面の土方が注いでいた眼差し、近藤の笑顔、姉の笑顔。
みんなの顔に射し込んだ朱い光。姉の眼をきらきらと輝かせ、近藤の影をその心持ちのように大きく見せて、土方の隠れた慈しみを爪先に灯らせて。
総悟の護りたかった世界。美しきその世界。
けれど総悟は、静かにその光景に蓋をした。
捨てるわけじゃない。忘れるわけじゃない。ただ、今は。
眼を開いた総悟が見たものは、優しくて甘くて厳しくて冷たい世界だった。
いつしか空は橙から群青へと色を変え、残り火のような夕陽が川の向こうの街中へと消えていく。その街は既に、赤青黄色に銀に金に紫に、ありとあらゆる派手な色が瞬き始めていた。
寝苦しい夜を今から予感させるような温い風、それに靡く夕陽色の少女の髪、風に払われて額まで露わになる真白い貌、川向こうの街の騒がしい色たちを全てその大きな瞳の中に取り込んで、まるで星空のようにきらりきらりと輝かせて。
今はただ、その光景を眼に焼き付けていたかった。
決して美しいばかりではない、今生きているこの世界を。
隣に在る、美しい魂を持つ少女と、一緒に。
***
青年と少女の居る河原から少しばかり離れた上流にかかる橋の上に、白い男と黒い男が立っている。
白い着流しの袖を片方だけ肩から落とした男は、背中を丸めてその銀髪頭を橋の欄干に乗せた両腕の上に乗っけて。黒い隊服に身を包んだ男は背筋を伸ばして真っ直ぐと立ちながら、片手で覆って灯したライターの火に、漆黒の髪をぼんやりと浮かび上がらせて。
先に口を開いたのは、言葉と同時に灰色の煙を吐き出した黒い男の方だった。
「…オイ、万事屋。こういうプライベートな? 青春の一ページ? そういうところまで探りを入れて介入するというのはいかがなものだろう」
「あ? てめーだって気になるから着いて来たんだろー」
そもそもお宅の子はもう大人かもしれませんがね、ウチの神楽ちゃんはまだピッチピチの十六歳、青春継続中なんですゥー、若気の至りで何か間違いがあってからじゃ遅いんですゥー、と口を尖らせる白い男に、黒い男がウチの総悟に限ってンなことするわけあるか!と噛み付く。
それから暫く、真昼の往来でおっ始めた喧嘩の続きのような、参観日のお父さんのウチの子自慢のような不毛な言い争いが続くため、少し時を先に進める。
ぜぇぜぇと肩で息を吐く黒い男が新しい煙草に火を付け深く煙を吸い込むのを見やって、白い男はふいと視線を河原の二人に戻しながら、言った。口元にほんの少しだけ、優しいような愛しいような、幼子を見守る大人の笑みを描いて。
「…沖田くんがね、言ってたよ。てめーにとって結局、俺は何だったんだろう、ってさ」
その言葉に、黒い男の眼が一瞬見開かれる。黒い男に背を向けたままの白い男の視線の先は、陽が落ちてとっくに暗くなってしまっていて、そこに居るはずの二人の姿はもう見えない。
ニヤリ、と人の悪い笑みを今度ははっきりと浮かべて、白い男は黒い男を振り返った。
「姉弟揃って手玉に取るたァ、悪い男だねェ、副長サン」
ハッ、と黒い男は鼻で笑うことで返事とした。くるりと踵を返し、白い男に背を向けて歩き出す。
「生憎だが俺ァ、」
黒い制服に黒い髪の男は、数歩離れただけで夜に溶けた。ただ白い男はこれでも昔は伝説と呼ばれただけあって気配には敏かったし、宵闇の中から届く黒い男の声も、己の位置を隠そうとはしていなかった。
「前髪V字の女しか受け付けねーよ」
それでもてめーはその前髪V字の女は受け付けてやらずに、弟の方は受け止めてやったんだろう、……受け入れることは、なくても。その言葉を、白い男は己の胸の内だけで呟いた。
そうして、黒い男とは正反対の方向に白い男も踵を返す。
「…子離れ出来てなかったのは、てめーの方なんじゃねーの」
白い男が風に乗せたその言葉は、黒い男に届いたのか届かなかったのか。
遠く背中の向こうから、カチリというライターが火を灯した音がした。
さらば、美しき世界よ。
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