忍者ブログ

* それはとても、晴れた日で *

かきたいときに、そのときかきたいことを無節操に。

[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

【銀魂二次】春夏秋冬/冬:真白いこども【村塾】
銀魂。村塾時代の三人と現在。「万事屋よ永遠なれ」で滾った銀さんとヅラへの愛がてんこ盛り。








 そのこどもと出会った日は、長い冬の真っ只中、昨日から一度たりとも雪のやまぬ日の朝だったから、小太郎は思わず「雪ん子だ!」と声を上げていた。
 しんとした中で響いた小太郎の声に、先程まで松陽に連れられて入って来たこどもを奇異なるものを見るような目で見ていた、机を並べて座る他の子らの視線が一気に小太郎に集中する。
 その視線の中に柔らかい松陽の視線を見付けて、小太郎は嬉しくなって興奮しながら松陽に言い募った。
 「先生、その子は雪ん子でしょう? こんなにも雪が降るから、雪と一緒に空から降って来たんですか? それとも他所の土地の言い伝え通り、雪像に宿った子なんですか? あっ、もしかして、昨日僕が高杉と一緒に作った……!」
 「まぁ、まぁ。小太郎、落ち着いてください」
 さぁ、腰を下ろして。言われて小太郎は、興奮の余り膝立ちになって机に身を乗り出している自分の姿に初めて気付き、真っ赤になって言われた通りに腰を下ろす。
 その際、小太郎が“雪ん子”だと信じて疑わぬ、松陽の横で身丈に合わぬ刀を抱えながらぼんやりと立ち尽くしていたこどもと、一瞬目が合ったような気がした。それは本当にほんの一瞬で、次の瞬間小太郎の目に映ったのは俯いたこどもの真白いふわふわの頭頂部だったのだけれど、一瞬合った目の紅い輝きに、小太郎は本当に感動したのだ。まさか、古来より伝わる伝承の存在に会えるとは思ってもいなかったので。
 だから、松陽がそれを否定した時には、酷くショックを受けた。
 「銀時。この子は、今日から皆さんと一緒に学ぶ、坂田銀時といいます。…残念ながら、雪ん子ではなく、私たちと同じ人間です。ですから小太郎、銀時には不思議な力なんてありませんから、無茶なお願いはしないであげてくださいね」
 そんな馬鹿な!だってその子は、そんなに白くてふわふわの粉雪みたいな髪をして、綺麗な紅い瞳の、本当に美しい子なのに! 呆然と目を見開く小太郎に、けれど、と松陽は笑いかけ、言った。
 「けれど銀時は、とても強い子です。小太郎、仲良くしてくれますね?」
 松陽が小さく首を傾げ、長い髪がさらりと揺れる。小太郎は、松陽のその優しい仕草が本当に好きだった。
 勿論です、と力強く頷いた小太郎の頭を松陽はいいこ、いいこ、と撫でてくれ、そして教室全体を見渡して、さぁ、授業を始めましょうか、といつも通りの落ち着いた声を出した。
 銀時と紹介されたこどもは一番奥の空いている机に座るよう促され、松陽の掌が小太郎の頭からふわりと離れ、いつもと同じ位置に立つ。
 「しかし小太郎も、“雪ん子”だなんて可愛らしい例えをしてくれましたね。せっかくですから今日は、雪ん子の伝承についてお話ししましょうか――――」
 松陽の授業は、教本通りに進むこともあれば、このように全く違う話になることもある。どうして夏にしか入道雲は見られないんでしょうね?からちょっとした物理の話になったり、魚の産卵を見たことはありますか?から沢へ泳ぎにいくことになったり。



 けれどこの時のことを後から思い出すと、桂の胸には少しだけ翳が射す。
 “人間じゃない”という言葉に敏感だったあのこどもの心を、己も酷く傷付けてしまったのではないか、と。
 それを先生は、さり気なくフォローしてくださったのでなかろうか、と。



           ***



 “鬼の子”だと、誰かが銀時を指差してそう言った。
 銀時の周りには常に小太郎が纏わり付き、それにつられたようにいつしか晋助も一緒に居るようになって、そうして三人いつも一緒に居たから、他の子らは表立っては何も言って来なかった。
 けれどふとした時にひそりと、あるいは外を歩いている時に村の誰かが、そう言って銀時を恐ろしげな目で見やるたび、小太郎は言いようのない悔しさと哀しみを覚えた。
 それでも銀時が聞こえないふりをしていたから、小太郎も聞こえないふりをしてきた。晋助も最初は、そうしていた。
 けれど銀時と出会って一年、また巡って来た雪深い冬に、ついに晋助がキレた。
 「……だぁぁぁぁぁぁぁぁっ、もう! 何なんだあいつら、陰でこそこそ女々っちい! つーかお前もだ銀時、何でテメェは言い返さねェんだよ!」
 「……あー……めんどくせェから?」
 この頃からの癖だった、小指で鼻をぐにぐにほじり、出て来た塊をふっと吹き飛ばしながら銀時は、言葉通り面倒臭そうに晋助を見やる。半目でやる気なさそうに見られた晋助は、自分一人が熱くなってることに更に腹を立てて銀時に詰め寄った。
 「めんどくせェって何だよ! テメェのことバカにされて何も言い返さないなんて、お前それでも本当に男かバカ!」
 「バカバカうるせーコノヤロー。バカって言った奴のがバカだって知らねーのかバカ杉」
 「あァ?! テメェもっぺん言ってみろ、つーかお前だってバカって言ってんじゃねェかバーカ!」
 そこからは、いつもの通り。晋助が掴みかかって、銀時が髪を引っ張って、殴って引っ掻いて蹴り合って。もういい加減止めに入るのもそれこそ面倒臭いと、小太郎は一人溜め息を漏らした。
 三人集まって仲良しこよし、なんて関係じゃあない。大体いつも晋助か銀時かどちらかがどちらかに絡んで掴み合いの喧嘩になって、小太郎が止めに入って(ごくたまに二人揃って小太郎にちょっかい出して来ることもある、その時のチームワークの良さは本当に腹立たしい)。けれど小太郎が止めたくらいじゃ二人が止まる訳もなく、結局最後は小太郎も掴み合いに巻き込まれて、騒ぎを聞き付けた松陽がやって来るまで飽きもせずやり合うのだ。
 おかげでこの一年、小太郎にも晋助にも痣や引っ掻き傷が増えた。最初はそれを親に心配されもしたけれど、相手が銀時と聞いて更に眉を顰められたけれど、小太郎は男の勲章ですと言い切って、銀時との交友を続けることを頑として譲らなかった。それは多分、晋助も同様だろう。
 今日の三人は、松陽のお遣いで村の端にある屋敷に出向いていた。今はその帰り道、松陽の家はこれまた村の反対側の外れにあったから、冬の早い陽が既に落ちかけているにも関わらず道のりはまだ半分は残っている。そして陽が落ちるにつれて、午後から舞い始めた雪が本格的に降り始めていた。厚い雲が垂れこめていて夕陽は射さず、世界はぼんやりとした灰色に満たされ、視界を白が遮っていく。
 要は、この場でいつものような馬鹿騒ぎをするのは余り良くない、ということだ。松陽が止めに来ようにも、この距離じゃ届くまい。陽が落ちても自分たちが戻らなければ心配して迎えに来てくださるだろうが、松陽に心配をかけることはあの二人も本意ではないはずだ。
 そう結論付けた小太郎が、普段より真面目に(いや普段もきっちり真面目なのだけれど)二人を止めに入ろうとした時、銀時に頭突きを喰らって尻餅をついた晋助が、きっと銀時を睨み上げて叫んだ。






 「いい加減にしろよ銀時! テメェがそれで良くても、先生の迷惑考えたことあんのか?! あんなに立派な方なのに、“鬼”に魅入られてるんじゃないかって陰で言われてんの知らねェのかよ!」



 ――――灰色の世界を、冷たい白が覆っていく。






 ぶわっ、と突然強い風が吹いた。天から降る雪が激しく乱れ、足元の雪が巻き上がる。思わず腕を上げて目元を覆った小太郎の視線の先で、銀時が、消えた。
 「銀時?!」
 思わず小太郎は手を伸ばそうとした。が、風は強い向かい風となってたくさんの雪を孕んで襲いかかり、晋助と並んで尻餅をつきそうなほどのそれに、結局小太郎は腕で目元を覆ったまま、何とか目を閉じずにいることしか出来ない。
 細められた視界の向こう、白い白い、冷たく白いカーテンの向こうで、銀時の輪郭が滲んでいく。
 真白い髪が、先程まで興奮に火照っていたはずの今や蒼白い頬が、奥底に湛えた光が美しかったはずの今は灰色にくすんでしまっている紅い瞳が、細い腕が脚が小さな身体が、吹雪の中で溶けて消えそうになっているように、小太郎には見えた。
 「…銀時っ!!」
 小太郎は、今度こそ手を伸ばした。それによって顔面に痛いくらい雪つぶてが叩き付けられ、視界が閉ざされてしまっても。襲いかかる吹雪を掻き分けたその向こうを、信じてぐいっと手を伸ばした。
 ――そうして指先に触れた小さな手を、手繰り寄せてぎゅっと握る。
 一拍遅れて、もう片方の空いている手を、晋助の手が伸びて来て握り込んだ。
 「……悪かったよ」
 吹雪に飛ばされないよう三人しゃがみ込んで。自然小太郎と晋助の手も繋がれて、誰からともなく額を合わせて。
 輪になった中心に、晋助の言葉がぽつりと落ちた。輪の外側はびゅうびゅうとうるさいのに、内側はそんな小さな晋助の言葉をはっきり拾えるほどに静かなのが小太郎には不思議だった。
 そして、互いの頬に血の気が戻るほど温かいのが、嬉しかった。



 「……だって俺、分かんねェだろ」
 ふと、晋助と負けないくらいに密やかな声音で、銀時は言葉を零した。
 伏せた目の、その睫毛までもが白銀で、小太郎は心底綺麗だと思った。






 「親も居ねェし、気付いた時から独りだったから、……人間から産まれたのか、バケモノから産まれたのか、実際分かんねェだろ」






 「馬鹿者!!」「バカ!!」
 小太郎と晋助がこうも息が合うのは珍しいことだったのだが、この時はそんなこと小太郎は気付きもしなかった。晋助も同様らしく、今度は晋助が小太郎よりも一拍早く、再びぎらぎらとした怒りをその目に宿らせて銀時を睨み付け、怒鳴る。
 「テメェみたいなバケモノなんて居て堪るか! 頭は空っぽだわだらしねェわ、男のくせに甘いモンばっか食いやがるわ! それでもバケモノぶりたいんだったら、俺に一度でも喧嘩で勝ってからにしろ!」
 銀時が俯けていた顔を少し上げて、晋助を見やっている。紅い瞳の奥底で鈍くなっていた光が僅かちらりと揺れた気がして、そうだぞ、と小太郎も言い募った。
 「お前は“雪ん子”でも“鬼の子”でもない、俺たちの仲間じゃないか。…いいか銀時、バケモノと言うのはだな、あれだ、真夜中に厠に行こうとするだろう、すると雨戸を叩く音が小さく聞こえるんだ、ついでに声も聞こえて来るかもしれない、“松子さん、松子さん開けとくれ”、とな。無視して厠へ向かおうとしてもずっとその声が着いて来て、ついに無視しきれなくなってほんの少し雨戸を開けて隙間から外を覗いてしまった。するとそこには……!!」
 「…あー、ヅラ、いい。もういい。ストップ」
 「そりゃバケモノの話じゃなくてただの怪談じゃねーか」
 銀時と晋助が白い目で小太郎を見ている。ヅラじゃない桂だ、と小太郎はきちんと訂正を入れつつ、いつの間にか作っていた握り拳にぐっと力を込める。
 「バケモノも幽霊も異形の者という点では同じではないか! 全くお前らは、これからがこの話の恐ろしいところなんだぞ、」
 「もーいいって言ってんだろうが!」
 ごちん!とくっつけ合っていた額に銀時からの頭突きが突き刺さり、小太郎は呻いた。何をする!と睨み付けると、銀時と晋助、二人が似たようなニヤニヤ笑いを浮かべていて。どうやらどこかで、たまに発現される二人タッグのスイッチを小太郎は押してしまったらしい。…銀時の幽霊嫌いを知るのは、これのもっと後。
 気付けば吹雪は収まっていて、三人は立ち上がった。
 吹雪は止んでも雪は降り止んでおらず、空は厚い雲に覆われたままで、陽も完全に落ちてしまったのか、辺りは暗闇に沈みそうになっている。
 「…帰るか」
 「あァ」
 「そうだな」



 小太郎も晋助も、握った銀時の手をずっと離さず歩いた。
 自分たちの生活に当たり前に馴染んでいた雪を、初めて恐ろしいと思った。
 先程の光景が鮮烈に小太郎の脳裏に焼き付いている。きっと、晋助の脳裏にも。
 真白い風に呑まれて溶けて形を失くしていく、真白いこどもの姿が。



           ***



 帰り道の途中で、案の定心配して探しに来た松陽と行き会った。
 三人いつもと変わらず口でぎゃんぎゃんと言い合いながら、それでもしっかりと繋ぎ合った手を見て、松陽はひどく優しい微笑みを見せてくれた。それは普段ならば、小太郎をとても幸せな気持ちにしてくれるものだっただろう。
 途中の互いの自宅への分かれ道でも小太郎と晋助は銀時の手を離そうとせず、結局三人揃って松陽宅へと帰り着くと、今夜はもう泊まって行きなさい、と松陽はまた微笑ってくれた。普段ならば、それはきっともっと喜び浮かれる話であるはずなのに。
 三人で大騒ぎしながら風呂に入って夕餉を頂いて、床に就く。銀時は早々に寝入ったけれど、小太郎は眠れなかった。やっぱり晋助も、同じようだった。
 「…ヅラ、まだ起きてるか」
 「…ヅラじゃない、桂だ」
 二人は黙って、川の字の真ん中でいつもと同じ間抜け面を晒して眠る銀時を見やる。置行灯の柔らかな灯りがふわふわの銀色に染まり込んだその姿は、ひどく平和で、温かいものにしか見えないのに。銀時は確かにここに居る、のに。
 「…おや、小太郎と晋助は、まだ起きていたのですか」
 静かに部屋の襖が開いて、松陽が顔を覗かせた。いつもと変わらない柔和な笑みを口元に乗せて、どうかしましたか、と首を傾げた松陽と目が合って。
 ――ほろりと、小太郎の目から涙が零れた。



 「…銀時はね、多分、戦災孤児だと思うのです」
 銀時を起こさぬようにそっと招かれた松陽の自室、火鉢を挟んだ向こうで、松陽は少し哀しそうな顔をしていた。
 「わたしたちが出会ったのはここから少しばかり離れた土地でしたが…、銀時はもっとずっと、遠い土地からやって来たのでしょう。ずっと、戦場の跡を転々としていたと言っていました。わたしたちが出会ったのも、そんな場所です」
 それは、小太郎も晋助も知っていた。どこそこの戦場跡に“鬼子”が出る、それは死体を漁り死肉を喰らう恐ろしいものだ、という風の噂が銀時が現れるより前から流れていたから。だからこそ銀時は“鬼の子”と呼ばれ、後ろ指を指され続けて来たのだ。
 「今と同じ季節で、あの子はただ、荒れ果てた大地を覆ってゆく雪を、静かに眺めていました。その頭にも肩にも雪が降り積もっていて、このままでは雪に埋もれてしまう、…雪に、連れ去られてしまう――――わたしも、同じことを思ったのです」
 目を見開く小太郎と晋助に笑いかけ、松陽は続けた。
 「今でもそうです。今日みたいに雪が強い日にあの子が外に出て行くと、そのまま消えてしまいそうで怖くなります。でもね、」
 そこで一度言葉を切った松陽は、小太郎と晋助、二人の目をしっかり見つめて微笑い、温かくて大きな掌を二人の頭に優しく乗せてくれた。






 「銀時の傍にはいつも小太郎と晋助、二人が居てくれるから。あなたたちが居てくれるから、銀時の姿も良く見えるのです。だからこれからも、ずっと銀時と良い友人で居てくださいね」






 ……
 ………
 …………
 ……………



 その言葉を、決して忘れたわけではなかったけれど。
 あれから大分時が過ぎた戦場で、独り立ち尽くす銀時を、桂は声もかけれずにただ見つめていた。
 天人が持ち込んだ文明の利器で荒野に変わり果てた大地。
 空を覆う暗い灰色の雲は、雲ではなくこの大地から立ち昇った煙の集まりではないかと思うほどに重苦しく。
 それでも、舞う粉雪は真白かった。
 白く白く、この灰色の世界を塗り潰していく。
 そこに立ち尽くす“白い鬼”を、見えなくしていく。
 取り戻すために始めた闘いで、何一つこの手に戻らぬまま、ただ多くのものを失い続けて。
 一人になりたい時もあるだろう。そっと桂は目を伏せた。素直に辛いと言い合える性分ではないから。例え辛くとも苦しくとも、大切なあの人を取り戻すまで立ち止まる訳にはいかないのだから。
 白い白い真白いカーテンの向こう、銀時の姿はもう、滲んで見えなくなっていた。



           ***



 あの時。
 余計な気など回さずに、駆け寄ってあの幼い日のように手を取っていれば、あれから後に本当に消えることはなかったのではないかと、桂は今でも後悔している。






 「あ、ヅラー!」
 しんしんと静かに雪が降る、新しい年を迎えたばかりの街を歩いていた桂の背に、いつも元気な少女の声がかけられた。
 立ち止まり振り返ると、手を振りながらこちらの方へやって来る万事屋の子供たちと、寒そうに背を丸めている銀時。その顔がいつになく蒼白いのは、多分昨夜の酒がまだ残っているからなのだろう。昨夜はみんなで万事屋に集まっての大忘年会だった。
 「ヅラ、明けましておめでとうネ!」
 「桂さん、明けましておめでとうございます」
 駆け寄って来た子供たちは、銀時とは正反対に鼻の頭と頬を真っ赤にしながら、だらしない保護者をきちんと反面教師にして、まずはと新年の挨拶をしてくる。桂の隣に並ぶエリザベスにも同様に挨拶をして笑う子供たちに、桂も懐に手を入れながら挨拶を返した。…いつもの訂正も、ちゃんと忘れずに。
 「ヅラじゃない、桂だ。…明けましておめでとう、リーダー、新八くん。ほら、お年玉だ」
 わっと喜んで受け取る子供たちに、やっと追い付いた銀時が苦い顔をして桂を見た。
 「…ったく、余計なことしてんじゃねェよ」
 「何だ銀時、今年もまたお前は渡しておらんのか。全く情けない…」
 うるせーと口を尖らせながら後ろ頭をがりがり掻く銀時に、エリザベスからもお年玉を受け取っていた子供たちがくるりと振り向いて諦めたように笑う。
 「もう銀さんには期待してませんから」
 「銀ちゃんは毎年ダメになっていく大人、略してマダオヨ!」
 神楽ちゃん、マダオの使い方が正し過ぎて銀さん傷付く、超傷付く、とか何とか喚く銀時を横目に、じゃれ合う銀時と神楽を呆れ顔で眺めていた新八へ、どこかへ行く途中だったのではないか、と桂は問うた。
 「あ、そうです、初詣に行こうと思って。…ほら、銀さん、神楽ちゃん! 早く行かないとお昼過ぎちゃいますよ!」
 「そうだな。もう大分混み始めていたぞ。行くなら早くした方がいい」
 先程エリザベスと共に参拝を済ませて来た桂がそう言うと、銀時が疲れた顔で桂を見やった。
 「毎年思うんだけどさァ。お前、自分が指名手配犯だっつー自覚ある? ねェバカなの? 死ぬの?」
 そんな目立つ生き物と一緒にそんな人混みの中に何で行くの?と桂を心底馬鹿にしたように見る銀時のその目の奥の奥に、ほんの僅か心配があることを桂は知っている。確かに、実はつい先程まで、境内に警備に出ていた真選組に見付かって一番隊の隊長と新年早々追いかけっこをしていたのだが、それもまた日常だから。
 ふいと顔を上向けて、柔く降り続く雪の向こうの空を、その空にかかる薄い雲の向こうの光を、見つめて桂は笑った。
 「日本男児たるもの、節目節目はきちんとせんとな。それに願掛けというものは意外に大事だぞ、願いを改めることで、己の行く道をまたしっかりと見定めることが出来る」
 へーへーそうですか、とまた後ろ頭を掻く銀時の腕を、神楽が引いた。
 「銀ちゃん、早く行くネ。早く行かないと屋台でたらふく食べられないネ!」
 「神楽ちゃ~ん? 銀さんお金ないんですけど…」
 昨夜あんなに食ったのにまだ食うのかよ…とげんなりした顔のまま銀時は引き摺られていく。新八が桂とエリザベスに会釈をしてその後を追っていった。
 ふわふわと舞う雪の白が、見送る桂の視界を少しずつ覆っていく。
 真白い頭、真白い着流しが、雪の中に消えていく。
 けれど、銀時の両脇に立つ鮮やかな子供たちが、逆にその輪郭をくっきりと浮かび上がらせていた。
 (……そうか)
 桂はそっと目を閉じて、小さく微笑った。






 “あなたたちが居てくれるから、銀時の姿も良く見えるのです。”
 ――――あの人には俺たちが、こんな風に見えていたのか。






 「銀時」
 小さくなっていく背中に呼びかけると、白い頭が振り向いた。
 「言い忘れておった。…明けましておめでとう」
 ひらり、後ろ手に手を振られる。おめでとさん、風に乗って声が届いた。
 「行こうか、エリザベス」
 そうして桂もまた、銀時に背を向けて歩き出した。
 繋いだ手を離してしまったのはどちらだったのか。いつだったのか。気付けば、三人並んで歩いたあの雪道から、それぞれ違う道を歩むようになっていた。
 それでも。






 “ずっと銀時と良い友人で居てくださいね。”






 それだけは違わないと、桂は心の中の師に誓う。
 (例え歩む道が違おうと、背中合わせの道であろうと)
 (また銀時が消えそうになったなら、その時は必ずまた手を伸ばそう)
 薄い雲の向こうから、柔らかな陽射しが射し始めていた。
 きっともうすぐ、雪は止む。


拍手

PR

コメント