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* それはとても、晴れた日で *

かきたいときに、そのときかきたいことを無節操に。

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【Hybrid Child】救いの手のひら【黒田/黒月】
何故か今更のH・C。いやうん、サントラ聴いたらぐわーっとした。そんで漫画読み返したらダメだった。
黒月だけど月島は出てこなくて、H・Cの設定?とか割と捏造で、葉月を治すのに一話時点ではもう居なかった?試作機くんが絡んでたらいいなとか、壱様なんとか出張って欲しかったとか(でもゆずは背景とか)、何か色々詰め込んだ感。







 ――――この人でないとダメなのだ、と。
 ――――遠い誰かに似たクソガキが叫んだ。



          ***



 小太郎と名乗ったクソ生意気な小童から、「葉月」と呼ばれていた“型版0001”のH・Cを何とか黒田は回収した。
 縋り付き泣き喚くばかりの主人をただひたすら優しく優しくあやし続けていたH・Cも、ついにはその限界を超え稼働を停止し。治らないなら、戻らないならせめて友人として弔いたいなんていう、此処に乗り込んできた時の威勢っぷりと無礼っぷりを何処に置いてきたのかと目を見張るほどの殊勝っぷりは、その申し出に黒田が「否」を返した途端メッキが剥がれ、そこから夜が明けるまで大変な手間を取られたのだった。
 もういいと、匙を投げてやろうと何度思った事か。
 そうだって、人は死んでしまえばそれでハイおしまい、土に戻って終了、それだけなのだ。
 あの小童がH・Cを“友人”と認め、そして今目の前の現実を、“友人”の寿命を受け入れたならそれで、おしまい。
 死んだ人間は、何をどうしようとも、戻りは、しない。
 (しかし、)
 黒田は知っている。H・Cは人間でも機械でもない、けれど所詮人工物(ツクリモノ)。


 “死”なんてものは、生きているものにしか、訪れない。


 作業台に寝かせた“型版0001”を再度黒田は検める。一週間前に行った簡単なものではなく、その後毎日通わせ行っていたものよりもっとしっかり、器具も薬剤もふんだんに使用して表面から中身まで隅々まで検めていく。ガキと夜明けまで喧嘩を繰り広げたおかげで疲労も眠気も相当なものだが、H・C制作のために徹夜をする事も珍しくないため、黒田は未だ燻る苛立ちと一緒にそれらを飲み込み、作業の手を休めない。
 そうして結局、初めと変わらない結論に至る。
 腐っている、いや、腐りつつある、と。
 H・Cは人間でも機械でもない。もっと言うなら、その両方であるとも言える。体内組織は限りなく生体物質に近いものを使用し、けれどそこに命は宿っていないから、自ら動く事のないその組織を機械で動かしているのだ。
 当然、体内に詰め込まれている生体物質の防腐処理等も機械にやらせているが、目の前に横たわる“型版0001”は初期型でその機能自体が今ほど完成されていない事に加えて、成長する前に何度も捨てられたという雑な扱いから(そもそも初期型には定期メンテナンスをさせるよう売主には申し渡していたはずだった)、一部機能に欠陥が見られた。
 それは、最初は小さな小さな傷だったのかもしれない。もしかしたら、その小さな傷のせいで動くのに5年もかかったのかもしれない。けれど動き出し、話せるようになり、そして黒田でさえ驚くほどのより人間に近しいモノとなるまでに成長を遂げた。その過程で小さな傷は徐々にに広がり、積み重なり、ついに、だったのではないか。
 さもありなん。黒田は煙管から大きく煙を吐いて思う。所詮ツクリモノに、生体のような自己治癒力などない。


 そう、これはツクリモノだ。
 だから、黒田が小太郎に言った言葉は半分嘘だった。
 “直す”事は出来る。中身を、体内組織も機械も全て入れ替えてしまえばいい。腐ったものを廃棄して、新しい機械を突っ込んで。
 けれどそれは――――元の「葉月」とは全くの別物となるだろう。
 全てがリセットされるのだ。今までの全てがなくなって、全てが新しくなる。今まで小太郎と共に過ごしてきた記憶も全て無くなる。今までの性質も全て無くなる。全てが最初から、また、動けもせず話せもせずの最初からとなるのだ。
 けれども小太郎は、黒田に「治してくれ」と言った。だから黒田は「無理だ」と言ったのだ。


 厄介なものを抱えてしまった。さすがの黒田もこめかみに痛みを覚えてどかりと椅子に座り込む。机の上に昨晩からずっと放置されていたカップは既に中が干上がっていて、しかし新しいものを淹れる気力も今の黒田には湧かずに舌打ちするしかない。
 「葉月」でないとダメなんだ――――言うのは簡単だ。けれど人は、どんなに望んでも焦がれても、どうしても手に入らないものが、あるのだ。それを黒田は知っている、いやというほど知っている。
 何故俺が、と思わないでもない。何故俺が、どこの馬の骨とも知らない坊ちゃんのためになんぞ、と。
 それでも黒田は知っている、分かってしまっている。可能性は半々、ダメだったなら大人しくあの坊ちゃんに返しとけば良かったと間違いなく思うだろうがしかし、今出来る方法でただ一つだけ、「葉月」を“治す”方法がある、と。
 しかし、そのためには。
 結局黒田は暫し、苛々と煙管を燻らせる事しか出来なかった。



          ***



 お人好しでお節介でいつも見透かした風に飄々としていて、けれど全てが終わろうとしていたあの時に内側にひどい傷を受けたひとりは、それから随分経って、今度は外側に癒えない傷を負ってきた。しかし、黒田が作り彼が育んだこどもが何かしたのか、もしくはこどもなど関係なく、ただ目に見える咎を負った事が少しばかり気休めになったのか、久方ぶりに黒田を訪ねてきたひとりは、若干ながら肩の力が抜けているように見えた。
 それでも、黒田の近況を、いや訪れてすぐに感じた違和感を問い質した結果、眉を顰めて苦しそうな顔をした。
 「黒田」
 黒田の“もうひとり”へのからかいが度を超えた時。黒田が誰にも告げずに国を出て、それを探し当てられた時。僅か厳しく鋭い声で諌められたものだが、この時の声はその一回りも二回りも鋭さを増していた。
 「治せるなら治してやれ」
 見えないというのはちょうどいい――というのは相手にとっては不謹慎ではあるが、黒田にとって都合が良い事には変わりない。と思いたかったが、厳しい声音で黒田を糾弾するひとりの背後には、五体満足でしっかり視界も明瞭な、以前見た時にはまだまだ幼子であったはずの、今では少年と青年の狭間くらいかと思われる存在が在ったので、やはり黒田ははっと笑って少し姿勢を逸らした。
 「別に、もう必要ない」
 様々な観察と検分とそれによって取得出来たデータの解析と実用化。おかげでH・Cは改良に改良を重ねる事が出来、今では型版も千番台だ。また、黒田自身が直接データ取得を試みなくとも、今では全国に居る少なくない買主から不満や要望は挙がってくる。
 だからもう、停止してしまった試作機を修理する必要は、黒田にはなかった。
 「黒田」
 しかし、黒田を責める声は止まない。彼の顔を横に走る傷さえなければ、その眼は爛々と輝き、さぞ黒田を睨め付けていた事だろうと思うと、ほっとしたらいいのか、残念がったらいいのか。
 黒田が無言で背を向けると、見えていないはずのひとりはすぐにそれを察したように大きな溜め息をついた。何故お前は。憐憫にも諦念にも聞こえる、吐息交じりの文句は途中で途切れ、また深い溜め息。
 “瀬谷の言う事はちゃんと聞くクセに――”。
 ふっと蘇った声に、客人二人に見えないところで黒田は舌を出す。どこかだ。お前の言う通りなら、今背中でまた一つ傷を勝手に背負ってしまったアイツは何なのだ、と。


 「……は戻ってこない、とは言ったが」
 少しの沈黙と黒田の吐き出す煙管の煙を切って、もう一度ひとりは言葉を紡いだ。



 「それでも“彼”は、少しでもお前の救いにはならなかったのか」



 そうか、と。黒田はひそり安堵を口端に乗せる。黒田があれからただひたすら作り続けてきたモノは、彼に譲ったその内の一体は、彼の救いになったのか、と。
 黒田は、結局彼が受けた内側の傷に関して詳しい事は知らない。何か最大の出来事があったのか、それともいつか彼が僅かに語ったように、その全てに対してなのか。
 仕方のない事だったと思う。勝てる戦ではなかったのだ。黒田の隊だって大勢が死んだ。彼の隊でも黒田の隊でもない他の隊でも、大勢死んだ。その中には知己の者だってたくさん居た。
 もし彼と同じ状況に立たされたとして、と詳しい状況を知らない黒田が考える事は出来ないが、けれど気持ちは同じだったはずだ。“三人”とも、同じだったはずだった。



 ひとりと、ひとりと、ひとり。
 また三人で、一緒に花見をしよう。
 咲く直前のつぼみの夜に――――。



 そのために、生きて帰るために必死だった。ただそれだけだった。
 けれど結局、ひとりは失われ。ひとりは、ただそれだけのために失われた多くに怯え。そして、ひとりは。



          ***



 黒田が普段使う作業部屋の隣に、その部屋はある。通常その扉を開くことは決してない。
 しかし今、黒田は久方ぶりにその部屋の扉を開いた。それは多分、いつかの日、視力を失った友人が黒田を叱責し、ついには諦めてでは最期に、と言った日以来の事だった。
 扉を開けた途端肌を刺す冷気。黒田はその冷気を部屋の外へ極力漏らさぬよう、すぐ内に入り扉をぴったりと閉じる。
 全体を冷気で覆った部屋の中に更に大きな塊が一つ。ちょうど人間一人すっぽり入る大きさの横長の入れ物。その中はこの部屋よりも更に冷やしてあって、そして中に詰めてあるのは、試作機。
 この部屋は冷凍保存庫だった。ただ一体の、大分前に停止してしまった試作機ためだけの。


 黒田は、あの日友人に告げた通り、この部屋に保存している試作機を修理する気は一切なかった。あれからどれだけ時間が経とうとも、その気持ちは変わらなかった。
 けれど、廃棄も出来なかった。
 鉄製の入れ物の蓋を開く。冷たい煙が霧のように流れ出て、そしてその向こう、鬱陶しいほどに長い髪も睫毛までも凍らせた、懐かしい顔が、見えた。
 ――試作機。“誰か”にとても良く似て、似過ぎたまま時を止めてしまった、ツクリモノ。


 H・Cを育てる愛情とは何なのだろうと、未だに黒田は分からないでいる。制作者である己が何を言うかと言われるのだろうがしかし、結局その答えは黒田自身が育てた試作機からは終ぞ得られる事はなかった。
 そもそも、黒田に愛情はあったのか。自分が作ったカラクリに対する愛着はあっただろうが、それは愛情と同義なのだろうか。それとも、成長する度どんどん近づいていく“誰か”に募る恋慕の情を、自分への情とうまく誤認識してくれたのだろうか。
 とにかく試作機は、停止するまでほぼ“誰か”に瓜二つに成長した。試作機という性質上割と不具合も多かったし(つまり身体が弱いという事だ)、甘いものを好んだし、時々……本当に時々、黒田の中の何を見て何を得たのか知らないが、初めて言葉を成したあの日のように、いつか何処かで聞いた言葉を言ったりした。
 そうして――――まるであの日の喪失を再現するかのように、“誰か”と同じような年恰好になったその時に、ぴたりと停まってしまったのだった。
 その時に感じた気持ちは、何だったのか。言い表す言葉を見付けられないまま、黒田はただこのツクリモノに蓋をした。
 機能停止したH・Cをそのまま放置していると腐るだけだ。組織が腐り落ちれば、人間ならば骨となるが、H・Cに残るのは無機物の機械のみ。それすら放置を続ければ、後は錆びていくだけ。土に戻る事はない。
 何故“コレ”を廃棄としなかったのか。今考えても分からない。他に動作停止したと引き取りを依頼されたモノや、街の集積所に無造作に捨てられそこの役場から回収を依頼されたモノなど、黒田の手元に戻ったモノはリサイクル出来る部品を取り除いて後、全て廃棄していた。それでも“コレ”だけは、そうしようと思えなかった。
 “誰か”にとても良く似て、似過ぎていたからだろうか。それとも、“コレ”に対する愛着や愛玩のようなものがあったのだろうか。
 今こうして“コレ”を眺めていて溢れる良く分からない感情は、目の前のツクリモノに対してなのか、それとも。


 やがて黒田は小さく息を吐いて首を左右に振った。この蓋を開いたのは何もこうして自己分析するためではないと、ぎゅっと眼を閉じて目頭を強く揉むように押さえる。
 今黒田の手元に戻ってきているH・C。“型版0001”の骨董品。常なら使い回せる部品もないしすぐに廃棄しているモノ。
 しかし。



 ――――「葉月」でないとダメなんだ――――



 人には、どんなに望んでも焦がれても、どうしても手に入らないものがある。それを黒田は知っている、いやというほど知っている。
 けれど黒田は知っている、分かってしまっている。可能性は半々だがしかし、もしかしたら「葉月」を“治せる”かもしれないと。
 目の前の鉄の入れ物に横たわる、“誰か”にとても良く似て、似過ぎたまま時を止めてしまった“コレ”を使えば。



 ――――それでも“彼”は、少しでもお前の救いにはならなかったのか――――



 どうだったのだろう。どういう意味でだろう。
 黒田にとって、H・C制作はひどく没頭出来る時間だ。余計な事を考える暇も隙も与えない。
 そのH・C制作に“コレ”は大いに貢献してくれた。助けになってくれた。そういう意味での救いというなら、ちゃんとなってくれていた。
 しかし、彼が言った意味はきっとそうではない。
 黒田が国から姿を消してそして探し出されてから、彼が視力を失った後の姿を見るまで。それまで彼は何度も黒田を訪ねその度黒田の心配ばかりしていたが、彼の方が余程死にそうな顔をいつもしていた。あの敗戦は誰の責でもないというのに、まるで“もうひとり”を失ってしまったのも、それによって黒田の身に刻まれた痛みさえ全て己が責であるかのように、喧しく黒田を心配しながら、その眼の奥は常に罪悪と詫び切れぬ謝罪に歪んでいた。
 しかし、彼が視力を失くして初めて黒田の前に姿を見せた時。
 以前よりも格段に成長を見せたH・Cと共に、彼も空気に違いを見せていた。物理的にもう彼の眼の奥を見れなくなったからではない。彼の纏う後悔と罪悪と恐怖の中に、一筋の光が射していたのだ。
 きっとそれを、彼は「救い」と言ったのだろう。
 “コレ”は“もうひとり”にとても良く似て、身体が弱くて甘いものを好んで……。
 黒田はついと、目の前のモノに手を伸ばした。
 ぱりぱりに凍っている髪に触れ、その手をそのまま滑らせて閉じられた瞼へ、低い鼻筋へ、小さめな唇へ、摘めば柔らかかった頬へ、青年らしく尖った顎先へ、細い首筋へ、撫で肩気味だった肩へ、薄いながらもしっかり筋肉の付いた腕へ、白くて、小さくて、冷たい、手へ。
 (ああ、)
 もうあれから幾年も幾年も経た黒田は、今更感情のままに涙を流す事なんてない。それでも、この胸を抉る痛みはいつまでも鮮やかなままに。
 救われていたのかもしれない、と黒田は思う。いや、今救われたのかもしれない、と。
 こうして優しく触れてみたかった。たとえその命が散ってしまった後だとしても。ゆっくりとただ、愛おしく触れてみたかった。その冷たい手を包んで、温めてやりたかった。ずっとそうして、一緒に、いたかった。



 けれど、だから、“コレ”ではダメなのだ。
 たとえどれだけ似ていようとも。たとえどれだけ黒田に笑いかけてくれていたとしても。たとえどれだけ黒田と共に過ごしてくれたのだとしても。
 黒田が欲しているのは、たった、“ひとり”。
 だから。



 メスを握る手が震えるのを部屋の寒さのせいにして、黒田は静かに、永い間眠らせ続けた“誰か”の肌を切り裂いた。


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