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自分が思ったことは形にしないと済まない病。
多分きっとn番煎じ。
双子説とか全部無視して、アニメ1期とOVA「Book of Circus/Murder」を観ただけの知識(後Wiki)で書いたので、何かズレてたらごめんなさい。
セバスさんが契約通り坊ちゃんを美味しく頂くまでと、その後。
多分きっとn番煎じ。
双子説とか全部無視して、アニメ1期とOVA「Book of Circus/Murder」を観ただけの知識(後Wiki)で書いたので、何かズレてたらごめんなさい。
セバスさんが契約通り坊ちゃんを美味しく頂くまでと、その後。
――――全ては終わり、夜に沈む。
セバスチャン・ミカエリスは、嗤った。
「……終わりましたね、坊ちゃん」
もう、煌々と闇に灯る紅い眼も、吊り上がった口端から今にも覗きそうな真っ赤な舌先も、隠す必要はない。
セバスチャンが契約に基づいて仕えていた主人、シエル・ファントムハイヴは、まだ少しぼんやりとしているようだった。彼にとっては――人間にとっては、長かったのかもしれない。この一連の出来事は。ここまでの道のりは。悪魔にとっては食事の前の祈りほどの時間だったのだけれど(そして悪魔は祈りなど捧げない)。
目の前に立つ小さな躰を片腕に抱き上げて初めて、主人は気付いたようにセバスチャンの顔を見た。それにセバスチャンは満足して、はめていた手袋を脱ぎ捨て、契約印が刻まれた掌で静かにシエルの眼帯を引き千切った。
周囲に居る誰も、タナカもバルドもフィニもメイリンもスネークも、こちらに気付いていない。いやもしかしたら、視界の端には入っていても日常のこととして認識し、自分たちの行為に疑問を抱いていないのかもしれない。
それならそれで好都合、というよりその全てがもうセバスチャンには関係のないことであり、だからそのままくるりと背を向けた。
と、目の前を塞ぐのは忘れていたこの場に居たもう二人の人間。
「――執事くん、伯爵連れて何処行くつもり?」
我たちもう疲れたから、お茶でも飲んで一息つきたいんだけど?と相変わらず傍らの女性の腰に手を回しながら、いつもは閉じられている瞳が開かれた一人の男。そして彼に腰を抱かれながらも、構えた錘の狙いは寸分違わずセバスチャンの眉間に向けている女。
さすがにその雰囲気に、先ほどまでこちらを気に留めていなかったファントムハイヴ家使用人たちの意識も向いた。
致し方なくセバスチャンは振り返り、優雅な礼を一つ。この腕の中の魂を食すまで、あくまでセバスチャンはファントムハイヴ家の執事なのだから。
「恐れ入りますが、皆様方。…私たちは、これにてお暇させて頂きます」
顔を上げる寸前に耳に届く、背後からの風切り音。しかし何も問題はない。セバスチャンはあっさりと、無情に容赦なく、その音を生むモノを後ろ手に破壊する。
「藍猫!」
武器だけ破壊するつもりが、ついつい興奮に力が入り過ぎてしまったらしい。指先を濡らしたモノを、食前酒代わりにセバスチャンは口に含む。まあそこそこ、といったところだろう。後に控えるメインディッシュには到底及ばないが。しかし食前酒とはそういう役割でいいのだ、より後の食事を楽しみにさせるものなのだから。
「セバスチャンさん…?!」
フィニとメイリンが、何が起きているのか分からぬといった混沌の瞳を向けている。それもまた、そこそこセバスチャンの食欲を誘うものだった。
(嗚呼、)
どうやら、待てに待てを重ねたセバスチャンの胃袋は、ついに晩餐の時を迎えて少しばかりがっついているらしい。己のことながら下品だと嗤ってしまうがしかし、やはり晩餐はメインだけでなく、きちんと前菜から始めるのが寧ろマナーなのかもしれない。セバスチャンの眼が光る。夜より深い影が背後で揺れた気がしたがそれも今更。手を上げて――
「――――セバスチャン!!」
セバスチャンの主人、小さくか弱く脆く儚く、それでいてこの世のものとは思えない美しい輝きを放つ、大切な大切なたった一人の“坊ちゃん”が、厳しい声でセバスチャンを叱り付けた。
セバスチャンは己の腕の中からシエルを離す。シエルは降り立ち、セバスチャンの目の前に立つ。その足元に、セバスチャンは跪いた。
あくまで、今はまだ、セバスチャンは彼の執事だったので。
「…劉、藍猫は平気か」
跪いたセバスチャンの背後にシエルは声をかけている。多少の怪我は負ったが生命には関わらぬと知ってほっとしている姿が、何とも愚かで愛らしい。
シエル・ファントムハイヴが消えた後のファントムハイヴ家は――“女王の番犬”は、恐らくミッドフォード家が引き継ぐことになるだろう。その時のための下準備は抜かりなく済ませている。その旨をシエルが劉に伝えると、そういうことなら、とあっさり劉は藍猫を連れて背を向けた。「だけど、愉しかったよ、ありがとう伯爵」そう微笑って手を振ったその眼は、いつものように閉じられて。
さて、とシエルは残った使用人たちに視線を向けた。セバスチャンは頭を垂れたまま顔を上げることはないけれど、バカな少年と少女は相変わらず状況に着いて来れていないのが手に取るように分かってしまって、嗤ったらいいのか呆れたらいいのか悩みどころだ。
「…お前たちは今まで通り、“女王の番犬”と――――、エリザベスを、頼む」
何を、と、どういうことだ、と喚き立てるフィニとメイリンを横目に、バルドは何も言わずに煙草に火を点け、タナカは一つ礼をした。人間などセバスチャンにとっては矮小な存在でしかなかったが、さすが己が有用だと見込んだけはあった、と言うべきか。ほんの僅かの時間を共にしただけだったが、その少しの時の中でセバスチャンの人間に対する認識を改めさせた要因の中に、確実に彼らも含まれている。
「それと……、スネーク」
そう、この青年も。
「……お前は、好きにしろ」
彼の見立ては間違っていない。彼の大事な仲間たちを手にかけたのは間違いなくシエルであり、そしてセバスチャンだ。最初は騙されたのか、信じたくないから騙されたフリでもしていたのか知らないが、あれから何度も事件を重ね、シエルやセバスチャンのやり方を近くで見て来た彼は、いい加減それに気付いていたはずだ。それでも変わらずファントムハイヴ家に留まり、シエルにもセバスチャンにも牙を向くことなく、結局こんな最期まで付き合っている。
本当に、人間というのは。
「タナカ……いや、じいや」
シエルが小さく己の名を呼び手を差し出したので、セバスチャンは胸のピン――ファントムハイヴ家執事長の証を外し、その手に乗せる。それはそのままシエルの手から、タナカの手へと渡っていった。
「みんなを頼む。…こいつらへ約束した報酬を、こいつらがファントムハイヴ家に仕え続ける限り、必ず支払ってくれ」
自由。金銭よりも何よりも、彼らが望んだもの。
かしこまりましたと、恭しく頭を下げるタナカを見ながら、セバスチャンは微笑う。哂う。嗤う。
人間に自由などあるはずがない。重力に縛られ、権力に縛られ、情に縛られ、限られた生に縛られている。小さくか弱く脆く儚い、愚かな生き物。
けれど。
フィニが泣いている。メイリンも泣いている。スネークの眼も少し潤んでいる。バルドも。タナカも。
「…ありがとう、ございました。坊ちゃん、…セバスチャンさん」
――――嗚呼、だから本当に、人間というのは、面白い。
***
極上の食事は、極上の雰囲気の中で。
残念ながら今宵の晩餐には良く磨き上げた上質なシルバーは不要で、また豪奢な食器も不要だったので、せめてもとセバスチャンは雰囲気作りに尽力した。
そんなセバスチャンをシエルは暫く呆れたように眺めていたが、時間がかかり過ぎたのか、はたまた結局ただのお子様なのか、ついにうつらうつらと船を漕ぎ出してしまったので、セバスチャンはやれやれと大きく溜め息を零して手を止めた。
小さくか弱く脆く儚く、けれど何より誇り高く決して穢れぬ清廉な魂。
この魂に巡り合えた瞬間を、まるで一瞬前のことのようにセバスチャンは思い出せる(悪魔にとってはあの瞬間から今までなど、それこそ瞬きする間ほどのことなのだが)。
あの時は、あれほど惨めに地に這いつくばり、目の前の犬死を回避しようともがき回っていたというのに。
今、月に照らされながらうとうとしているこれは何なのだろう。
あの時目の前にあった死が、同じように今目の前に在るというのに。
セバスチャンの契約印を施した手の甲でその滑らかな頬を撫でると、それはふわりと眼を開いた。開かれたオッドアイが月夜に良く映えて、いつの間にか浮かべていたセバスチャンの笑みが深くなる。
全く、貴方という方は。小さく囁けば、それは未だにとろんとした眼でセバスチャンを見上げ、もう済んだのか、と呟く。いいえまだですよ、と返せば、大きく欠伸をして、じゃあさっさとしろ、と言う。
つい、怖くはないのですか、と問うてしまったセバスチャンを、それは一瞬目を丸くして、次に大層厭らしい笑みでこき下ろしてみせた。何だ、もっと怯えて暴れ回ってやれば良かったのか、そんな俗物がお前の好みなのか、と。
嗚呼、それでこそ。セバスチャンの背筋を歓喜の震えが走る。寧ろこれは快感と言ってもいい。人間を誘い堕とす悪魔をこうも魅了してくれるとは。恍惚と、それの眼に宿る己の手の甲と対になっている印に唇を落とすと、それはひどく不愉快そうに瞼を落とした。
「そういえば、」
それの不愉快な様にますます煽られて、目に付く至る所に口づけを落とし舌を這わせ歯を立てるセバスチャンをうっとおしがりながら、それは最期の命令を口にする。
「あいつらは、食うなよ」
この後お前が誰と契約を結び誰を食べようと構わないが、あいつらだけは、駄目だ。そう命じて開かれた瞳の、その美しさといったら! セバスチャンは再び跪く。己が主の命を承るにふさわしい姿へと。
「御意 ご主人様」
ですが。顔を上げ、それを見やり、セバスチャンは聞き分けのない子供に言い聞かせるように溜め息を漏らしつつ首を振る。
「貴方のように、毎日毎日飽きもせず甘いものを貪り食らうお子様と一緒にしないで頂きたいですね。……貴方ほどの味を知って、それ以上何を口に出来ると言うのです」
確かに先ほど、つい浮かれて頂きそうになりはしたけれど。それはあくまで前菜であり、メインを頂いた後に食すものではないのだ。
見上げた先の主人は、また大層不愉快そうに顔を歪めていた。見た目も嗜好もただのお子様のくせに、はっきり子供扱いされることに嫌悪感を示すのはこんな時でも変わらないらしい。それがセバスチャンには面白くてたまらない。先ほどこき下ろされた仕返しが出来たことにも満足する。
では、とセバスチャンが立ち上がると、それはもう何も言うことはないというように、もう一度瞼を閉じた。なので、セバスチャンは再び軽く頬を撫ぜ、眼を開けてください、と促す。
不思議そうに開かれた眼に、刻まれた印に、セバスチャンはうっそりと哂った。
どうか、そのままで。その美しい呪いの瞳を、最期まで私に。
それも、微笑った。清々しいほどに、微笑ってみせた。悪趣味だな、と。
震える背筋が熱い吐息を吐き出させ、それに乗って零れた言葉はひどく陳腐だったので、もうセバスチャンは口を開くのを止めた。
なので、胸の内だけで晩餐の前の最期の祈りを。
――――いただきます。
***
“貴方ほどの味を知って、それ以上何を口に出来ると言うのです”。
セバスチャンは嘘を吐かない。最初から。最期まで。
そう、これは最初から決めていたこと。
極上の食事、極上の晩餐を終えたセバスチャンは、暫く、本当に暫く、悪魔の感覚で暫くと感じるほど暫く、その余韻に浸り、揺蕩い、何度もその味わいを全身に蘇らせては至福の時を過ごした。
そうして本当に、心の底から身体の隅々まで、髪の毛一本から爪の先まで、細胞の一つ一つから血管の一筋一筋まで、満たされたのだった。
ほう、と漏れた溜め息は、まだあの夜の色を残しているように艶めかしい。人間の執事の姿からはとっくに解放されているはずなのに、未だにあの柔肌が粟立つような感覚さえする。
セバスチャンは満足だった。全てが満足だった。かの魂は、セバスチャンの予想と想像を遥かに超えていたのだ。神に感謝してもいいとさえ思えたのだ。
だから、思い残すことなど本当に、本当に本当に、もう何もない。
そもそも、終わることのないこの永い生に最初から生き飽いていたのだから。
“最高の晩餐を食すまで”。
それが、セバスチャンが己に定めた命の終わりだった。
最初から。最期まで。
「ありがとうございました、坊ちゃん」
人間の世界と別れた夜に、人間が言った言葉。ご馳走様、の代わりに敢えてそれをセバスチャンは選んでみる。特に意味はない。ただそれが人間への、己へ最上級を提供してくれたあの子供への最上級の感謝だと思ったので。
すっかり契約印が消え失せて久しい左手には、昔の馴染みから分けてもらった死神の鎌の破片。
そうしてセバスチャン・ミカエリスは、夜より深い闇に身を溶かした。
もう二度と、この世にもあの世にも何処にも、姿を現すことは決してない。
――――全ては終わり、夜に沈む。
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