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pixivには先にあげてたんだけども、一応こっちにも、記録として。
セカコイを読んで映画を観て、小説版にまで手を伸ばして、そこで初めて降って湧いたおはなし。…死ネタだよΣ(ノ≧ڡ≦)てへぺろ☆
夏・縁日・神社ときたらまぁこうだよね、といういわゆる王道、またの名をn番煎じといった感じでひとつ。
トリチア、「吉野千秋の場合」3巻の巻末マンガのif。(4巻の巻末の描写もチラッと)
(SSは「read more…」から。こっから下はセカコイとは全く関係のないはなし。限りなく私信に近い何か)
******
自分の中のバロメーターとして、自分が妄想を描けるほどになってその作品に“ドハマリ”していると言えると思っていて。
ということはわたしは今「銀魂」と「世界一初恋」にドハマリしているのだなぁとしみじみします。
(本格的に社会復帰したら相変わらず多忙過ぎて、またなかなかキーを打つ時間を持てなくなっているのだけど(´・ω・`))
けれど別に、過去愛した作品を忘れたわけではなく。
だから、ありがとう。
あなたの言葉は、わたしも涙が出るほど嬉しかったです。
セカコイを読んで映画を観て、小説版にまで手を伸ばして、そこで初めて降って湧いたおはなし。…死ネタだよΣ(ノ≧ڡ≦)てへぺろ☆
夏・縁日・神社ときたらまぁこうだよね、といういわゆる王道、またの名をn番煎じといった感じでひとつ。
トリチア、「吉野千秋の場合」3巻の巻末マンガのif。(4巻の巻末の描写もチラッと)
(SSは「read more…」から。こっから下はセカコイとは全く関係のないはなし。限りなく私信に近い何か)
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自分の中のバロメーターとして、自分が妄想を描けるほどになってその作品に“ドハマリ”していると言えると思っていて。
ということはわたしは今「銀魂」と「世界一初恋」にドハマリしているのだなぁとしみじみします。
(本格的に社会復帰したら相変わらず多忙過ぎて、またなかなかキーを打つ時間を持てなくなっているのだけど(´・ω・`))
けれど別に、過去愛した作品を忘れたわけではなく。
だから、ありがとう。
あなたの言葉は、わたしも涙が出るほど嬉しかったです。
「…こんな状態だけどスゲー楽しいから、お前と来れて、よかった」
吉野としては、いつも通り、普段通り、特に何の意識もなく(それに後から気付いていつも大概後悔するのだけれど)思ったことを思った通りに口に出しただけだった。
だから、隣の気配に驚きを隠せなかった。
羽鳥が、酷く穏やかに、微笑ったから。
柔らかく眼を伏せたまま、その穏やかな表情と違わぬ酷く優しい声音で羽鳥は事実の錯誤を説き、そうして、吉野の方へ顔を向けて眼を真っ直ぐに見つめて来て、もう一度、今まで見たこともないような顔で、微笑った。
幼い頃からずっと一緒だった吉野は、例え大人になった今の羽鳥の顔が大体しかめっ面か無表情で構成されていても、その笑顔も泣き顔も怒り顔(これは今でも良く見る)も全てを知っている。
昔から滅多にないことではあったけれど、面白おかしいことがあれば羽鳥だって声を上げて笑う。吉野が高校や大学受験に受かった時、漫画家デビューが決まった時、初コミックスの発売、初めてのコミックス重版…今から思い返せばその瞬間は全て吉野に関することだったけれど、何か嬉しいことがあればその時だって笑う。
泣き顔なんかはそれこそ子供の頃ぐらいしか見ることはなかったけれど、それに近い表情だったらここ最近で何度も見た。
一番最初に吉野を押し倒した時。一年前のちょうど今頃、こことは違うお祭り会場近くの河原で、担当を辞める、と言った時。その後、吉野の家で合意の上でセックスをした時。
吉野が己の気持ちを模索している間、羽鳥とは何度もすれ違って、そしてその度いつも羽鳥は吉野から去ろうとした。言い出すのはいつも羽鳥からのくせに、その顔はいつも哀しそうで辛そうだった。
笑顔とも泣き顔とも怒り顔とも違う、雄の顔だって知っている。吉野を抱き締めて眠りに落ちる瞬間の、普段とのギャップのせいで逆に幼く見えるほどの満たされた表情も知っている。
けれど、今吉野の目の前で微笑う羽鳥の顔は、そのどれにも当て嵌まらなかった。――それなのに、その全てを内包しているようにも、見えた。
「お前は昔から、自分に都合の悪いことはキレイサッパリ忘れるよな」
それは普段だったなら、もっと眉間に皺を寄せて、もっと辛辣に浴びせられる言葉のはずなのに、今は酷く、まるで睦言のように甘い。
余りの違和感に、再び吉野に先程の人酔いが襲って来て、視界がぐるぐると回り始めた。
急速に世界が歪み始める中、羽鳥の声と、その顔だけはいやにクリアで。
「――――だから、俺のことも、忘れてくれ」
お前との思い出は全部、俺が持って行くから。
***
眼を覚ました吉野は、一瞬、自分がどこに居るのか分からなかった。
慌てて身を起こして辺りを見回す。
たくさんの木々や茂みに覆われた周囲、その向こうでちらちら揺れる提灯明かり、自分が身を横たえていた板張りの床、起き上がった背に触れる漆喰の壁、見上げれば夜空。鼻腔をくすぐるのは吉野の大好きな屋台の香り、手に触れたビニール袋の中には冷めてしまってはいるけれどぎっしり詰まった焼きそば、たこ焼き、フランクフルト…。
(あ、そうか)
寝起きの悪い吉野も、ようやっと現実を取り戻した。そう、ここは隣町の縁日で、ちょうど原稿も終わった今時分、担当編集の高野に教えられて何かの参考にでもなれば、と今夜一人でやって来てたのだった、と。
普段は漫画家という職業ゆえに外出することなんてほとんどないけれど、吉野は昔からお祭りや縁日の類は大好きだった。自分の漫画でも、夏のはなしを描くと必ずどこかしらにそういった描写を入れてしまう。吉野が丸川で描くようになってからずっと担当してくれている高野(今では編集長サマだ)がそれで吉野の祭り好きに気付いて、今回はちゃんと〆切を守ってくれたので、と先日原稿受け取りの際に吉野にチラシを渡してくれたのだ。
それで喜び勇んでやって来たものの、普段外出しない人間がテンション上げて人混みの中をあっちこっち走り回った結果、盛大に人酔いして近くの神社でぶっ倒れていたらしい。…我ながらひ弱で嫌になる、と吉野は溜め息を零しつつ、ビニールから冷めたフランクフルトを取り出し噛り付いた。
ふと吉野は、自分の左側に眼が向いた。当たり前だが誰も居ない。居ても怖い。自慢じゃないがホラーは大の苦手だ。けれど、何故か、そこに吹く風が酷く寂しく感じたのだ、何故だか分からないけれど。
「…、帰るか」
ぽつりと独り言。修羅場中はアシスタントが入るとはいえ、基本漫画家は一人仕事。ついでに吉野は一人暮らしでもあったので、自然独り言の数は年を追うほどに増えていく。
よっこらと腰を上げて、左手に屋台の戦利品が詰まったビニール袋、右手に食べかけのフランクフルトをぶら下げて吉野は家路を辿る。もうすぐ三十路だというのに帰る家には誰も居ない。彼女なんて多分十年近く居ない、最後に付き合ったのは確か学生時代だったはずだから。
(そんなヤツが少女漫画家、しかも一応一千万部作家とはねー)
帰り道のコンビニの書棚に並ぶ、今自分が連載を描いている月刊誌を横目に眺めながら、吉野は今夜はやけに空虚に感じる心を引きずってのろのろと歩き続けた。
今夜は誰にも邪魔をされたくなくて(主に仕事関係者に)、吉野は携帯を持って出なかった。
だから、家に帰って携帯の着信履歴を見た時には驚いた。…凄い件数の不在着信が残っている。留守電も、メールも同様にたくさんだ。更には、主に編集部へのFAX用にしか使っていない自宅電話にすら留守電のランプが灯っている。
どれから手を付けていいか戸惑っている間に、再び吉野の手の中の携帯が震えた。相手は柳瀬優。不在着信の相手は親だったり妹だったり担当編集の高野だったり様々だったが、柳瀬もその中に名を連ねていたから、迷わず吉野は応答ボタンを押す。
「もしもし? 優?」
柳瀬優とは、中学からの友人だった。漫画の趣味が合ったことで意気投合し、それから何のかんのと関係が続き、一時は吉野と一緒に漫画家を目指していたが、ある時急に「自分には才能がない」と漫画家の道を諦め、今では吉野の(専属ではないが)チーフアシスタントをしてくれている。
幼い頃から絵を描くことが好きだった吉野は、成長するにつれ漫画家という職業を現実的に考え始め、高校ぐらいからは学校以外はずっと家にこもって漫画を描き続けていた。それが運良く実って大学時代にデビューが決まり、そのまま大学を中退してしまったものだから、高校・大学時代には友人と呼べるほどの付き合いがある人間はほとんど居なかった。
故に、柳瀬が吉野にとって一番の友人で、かつ唯一の友人と言っても過言ではない。
その柳瀬が、今までの付き合いの中で聞いたこともないような焦りっぷりで電話の向こうから吉野を怒鳴り付けた。
『千秋?! お前、今まで何してたんだよ、何で電話出なかった!!』
「え?! 何、何だよ、どうし、」
『何でもいいから、今すぐこっち来い! ○×病院! タクシー飛ばしてすぐだぞ、早く!!』
「な、何、何で、え、」
『羽鳥が! あの馬鹿が、事故で! …今、もう…!!』
「は、とり…?」
…聞き覚えがない名前だった。いや、柳瀬がこんなに慌てているということは、もしかしたら過去付き合いがあった人の名前なのかもしれない。それでも、柳瀬が叫ぶ様子から察するその人の状況を考えれば大変申し訳ない話だと思うけれど、正直、覚えがないということはそれほど深い付き合いがあったとは思えない。吉野は二重の意味で混乱を極めた。それは一体誰なのか、そして、何故こんなにも柳瀬が慌ててそのことを必死に吉野に伝えようとしているのか。
――酷い、違和感。
先程の縁日で感じた人酔いを更に酷くしたような気持ち悪さが吉野を襲う。思わず蹲り口元を押さえる吉野に、結果それが沈黙として伝わっている柳瀬が、焦れたように呼びかけて来る。
『千秋?! おい、千秋!!』
「ごめ…、優、俺、」
『…っ、いい、千秋、お前そこでじっとしてろ! すぐ行くから!』
そう叫ぶが否や、ブチッと荒っぽく通話が切られた。
吉野は蹲ったまま、手の中の携帯を操作して溜まったメールや留守電を確認していく。親、妹、高野、柳瀬…皆一様に、“羽鳥が事故に遭って○×病院に運ばれたからすぐに来い”とばかり言っていた。羽鳥。妹の千夏だけが、“芳雪くん”と言っていた。羽鳥芳雪。何度反駁しても思い出せない。妹だけが下の名前を呼んでいる辺り、もしかしたら千夏の彼氏か婚約者なのでは、と思いもしたが、例え相手の名前を忘れてもそんな話自体を忘れるとは思えないし、そして吉野にはそんな話にも心当たりはない。ただ、気持ち悪さだけが胸に沈殿していく。
本気で吐きそう、と思った頃に、慌ただしく玄関が開く音が聞こえた。柳瀬だろう。柳瀬にはこの家の合鍵を渡している。
「千秋!!」
バタンとリビングに続くドアが開かれ、汗だくの柳瀬が姿を現した。そして、真っ青な顔で蹲っている吉野を目にし、痛ましそうに眼を細める。
――柳瀬は思っている。吉野のこの様子は、羽鳥の事故の報を聞いてこうなってしまったのだろう、と。
けれど、違う。吉野は、違うのだ。
「優……」
――――羽鳥って、誰。
***
柳瀬に引きずられるようにして、吉野は病院に連れて来られていた。
羽鳥って、誰。――その問いに、答えられることはなく。
その言葉を口にした時、柳瀬は絶句した。その前まで見せていた哀しそうな表情がさっと抜け落ち、奇妙なものを見るような、まるで幽霊でも見ているかのような表情を浮かべ、そのまま固まってしまった。
その表情に吉野の方が驚いてしまい、優、と声をかけると柳瀬ははっと我に返り、とにかく来い、と蹲る吉野の腕を引き無理やり立たせてここまで引っ張って来た。…タクシーに乗っている間もずっと吉野の腕を掴んだままだった手は小刻みに震えていて、タクシーを降りたところでぽつりと、羽鳥が事故に遭ったんだよ、と言った。
それに対し吉野が、だから羽鳥って誰なんだよ、俺悪いけど覚えてないよ、と言ったら。
一瞬、骨が折れるほどに腕を掴んだままの拳に力が入り、けれどそれは吉野が声を上げる前に離れていった。
――それから柳瀬は、一度も吉野の顔を見ない。
「…吉野さん!!」
病院の暗い廊下を柳瀬と二人、とぼとぼと歩いていた先に数人の人が集まっていて、その中の一人――高野が吉野を見とめた途端、彼にしては珍しく取り乱した様子で駆け寄って来た。何が何だか分からないまま連れられて来た吉野の表情をどう取ったのだろう、高野は一瞬顔を逸らして唇を噛んだ。喉が、震えている。次いで開いた唇から零れた声も微妙に掠れ――、
「千秋が、羽鳥なんか覚えてないって」
高野が、とにかく病室へ、と言いかけた声を遮って、タクシーを降りてから今までずっと無言だった柳瀬が突然言葉を発した。
びっくりして柳瀬の方を見る吉野に、高野を含め病室の前に集まっていた数人(あれは確かエメ編の編集者の人たちだ)の視線が集中する。そのどれもが痛いほどに鋭く、そして家にやって来た時の柳瀬のように気味悪いものを見るようなものだった。ただ一人、柳瀬だけが相変わらず吉野の方を見ない。
戸惑いのままに吉野が柳瀬へ高野へ視線を交互させていると、高野が酷く強い力で吉野の両肩を掴んで来た。まるで、タクシーを降りた時の柳瀬のように、酷く強く、骨が折れてしまうほどに。
「…本当ですか、吉野さん」
高野の声が震えている。はっきりと、震えている。真っ直ぐ吉野の眼を射抜いて来るその眼は、真っ赤だった。
ここに来て吉野は、どうやら羽鳥と自分は忘れるような浅い関係ではないのだと知った。忘れている己の方がおかしいのだと。…けれど、それだけ。どれだけ自分がおかしいと思っても、どれだけ自分の記憶を引っ繰り返しても、そこに“羽鳥”という存在は居ない。
申し訳なさに泣きそうになりながら吉野が高野の問いに頷くだけで答えると、途端、高野の奥でわっと泣き声が上がった。小柄な男性が、背の高い男性にしがみ付いて泣いている。その横で、小野寺(以前パーティで高野に紹介してもらったので彼だけは知っている)が両拳を握り締めながら俯いていた。拳も、肩も震えているから、きっと彼も泣いているのだと察せられた。
目の前の、高野も。吉野の肩を掴む手は震えていて、俯いて吉野からは旋毛しか覗えないその髪の下から漏れる吐息は、もう後一歩で嗚咽に変わるようなものだった。
「…ごめ、なさい、俺…」
分からないけれど、それでも自分が悪いのだろう。吉野が小さく謝ると、高野は一瞬ぐっと息を飲み込み、そして顔を上げて言った。
「吉野さんの件は…、後でまた診てもらいましょう。とにかく今は、それでも…羽鳥のところに行ってやってください」
ちらりと隣の柳瀬にも視線をやり、柳瀬さんも、と促す。そこでようやっと柳瀬も背けていた顔をこちらへ向け、そして小さく、羽鳥は、とだけ問うた。…いや、それは問いではなく、どちらかと言うと確認に近い言い方だったような気がする。
何故なら、それに対し首を横に振った高野を見て、柳瀬はただ眼を伏せただけだったので。
千秋、と柳瀬に呼ばれ、そして差し出された手を吉野は握った。そのまま二人は高野の背後の病室に向かう。中が一体どういう状況なのか――“羽鳥”が一体どういう状況なのか、いくら鈍感な吉野でも場の雰囲気から十分に察しがついた。柳瀬の手を握った己の手が震えている。知らない人のはずなのに、その状況を見るのが怖かった。知らない人だからこそなのかもしれないとも思ったけれども、やはりその恐怖はそうとは思えないほど大きく重いと感じた。
知らない人のはずなのに、大切な人のその場に立ち会うように恐ろしい。
吉野は、ずっと気持ち悪さを引きずっている。縁日の人酔いよりもっと酷いもの。家で、柳瀬からの連絡を受けた時から感じていたもの。もしかしたらもっと前、実は縁日の時からずっとなのかもしれなかった。
ノックは、柳瀬がしてくれた。
ドアのすぐ傍に立っていたのだろう、すぐにドアが開かれ、そして顔を覗かせたのは吉野の母だった。
「千秋!! あんた…!」
眼を真っ赤にして泣き腫らした様子の母が今まで何を、と食って掛かって来そうなのをその傍らに立っていた父が押さえ、吉野と柳瀬を病室の中へ入れてくれる。
――奥のベッドに、白い布に包まれた人が寝かされていた。
肩から爪先まですっぽりシーツに包まれ、……そして、首から上にも白い布が。
ベッドの片側に、吉野の両親と同世代の夫婦と思われる男女がしゃがみ込み、泣きじゃくる女性を隣の男性が支えている。もう反対側には千夏が、女性と同じように泣いていて。
吉野と柳瀬がゆっくりと歩み寄ると、夫婦はこちらを見やり、そして顔をくしゃりと歪ませながら小さく会釈をしてくれた。その二人もどうやら吉野とは知己らしい。やはり吉野は、思い出せないのだけれど。
千夏の傍に立つと、彼女はゆっくりと顔を上げ、そして吉野を見とめると泣き過ぎて真っ赤な顔を更に赤くして眉を吊り上げた。どうして、何をしてたの、どうしてもっと早く。嗄れた声で、乱れた呼吸でそれでも吉野を詰る。
その全てが遠く感じてしまう自分が、吉野は酷く申し訳なくて、そして心底居た堪れなく感じた。
千秋ちゃん、と向かいの女性が吉野を呼ぶ。きっと彼女は羽鳥の母親なのだろう、そんな風に親しげに吉野を呼ぶということはきっと吉野と羽鳥も親しかったのだ、吉野の両親や千夏が我がことのようにこの場に集まって悼んでいることを見ても。それでもそれが分からなくて、分からないことが気持ち悪くて、呼ばれた声に返事も出来ず見やるだけの吉野に、それでも女性は気にした風もなく、顔を見てやって、とベッドに横たわる人の顔に乗せられた白い布を取った。
――――そこでぶつりと、吉野の意識は途切れた。
***
吉野は初めて、連載を休載した。
今まで、どんなに修羅場だろうとどんなに〆切が過ぎていようと、その最後のラインだけは死守していたのだが、今回ばかりはどうしようもなかった。
何故なら、病室で目が覚めたら縁日の日から一週間が過ぎており、その後は数日に渡っての検査入院を余儀なくされたからだ。
意識を失う前後の記憶はすっぽりと抜け落ちており、混乱する吉野に柳瀬が説明してくれた、曰く、縁日から帰って来た後そのまま自宅で倒れ、たまたま来た柳瀬がそれを見付け病院に搬送した、と。そこから一週間も眼を覚まさなかったものだから検査が大げさになったが、結論としては過労と夏バテらしい。「作者病気のため休載」――この文言に嘘偽りは全くない。
大事をとってもう一ヶ月、という高野の言葉に甘え、今日も今日とて吉野はリビングのソファでごろごろしながら漫画を読み耽っている。向かいのソファでは柳瀬が、同じようにごろごろしながら同じように漫画を読み、時折ケタケタと笑っている。
なんてことはない、いつも通りの日常がそこにはあった。
突如、玄関チャイムが鳴った。
腰を上げかけた吉野を制し、柳瀬がドアホンを取る。
『高野です。お見舞いと、可能でしたら今後の打ち合わせに』
吉野が入院している時も退院した後も、高野は頻繁に顔を出した。たまに高野の代理で小野寺が来たり、二人揃って来ることもあったけれど、小野寺はいつも大抵顔色が悪く、吉野の顔を直視せずに用件だけ告げて去ってしまう。仕事が大変なのだろうと思うけれど、パーティで紹介を受けた時や以前の修羅場にヘルプで入ってくれた時はそういったものを隠せる人だという印象を受けていたから、正直最近は小野寺に会うのは何となく落ち着かない。
高野にしたって、吉野の記憶ではそんなに一担当作家に肩入れするタイプではなかったはずだった。勿論、自分で言うのは気が引けるけれど、自分の作品が売れているのは知っている。だから、それなりの特別扱いみたいなものはやはりある。吉野の原稿を取るために毎回のように印刷所に頭を下げて本当のデッドまで待つのだって、その特別扱いの内の一つだろう。
けれど、それはそれ、これはこれ。打ち合わせや原稿取り以外で高野が私的に連絡を取って来たことなんてない。確かに、自分の担当、しかも看板作家が養生中とあれば見舞いも仕事の一つではあると思う。けれどそれにしたって、高野の訪問は仕事の度を越えすぎているように吉野は感じていた。
そんな吉野の雰囲気を察したのか、柳瀬が断ろうか、と視線を送って来る。けれど吉野は首を横に振った。一応、打ち合わせとも言っていたのだし、打ち合わせは仕事だ。
「お疲れ様です。どうですか、その後お加減は」
柳瀬に案内されてリビングに入って来た高野は、当たり障りない社交辞令の文句を言いながら、その実真っ直ぐな眼が探るように吉野の眼の奥を覗き込んでくる。その眼で見られる度、吉野は居た堪れなくてたまらない。
退院してからも、週に一度の通院は続いている。
倒れてから一週間眼を覚まさなかったのは頭を打ったからではないか、脳の異常というのは後になって出て来るものだから、と説明は受けたけれど、それにしたっていつもいつも世間話のように昔の話を聞かれるだけで、吉野としては訳が分からなくて少しばかり困っている。
そして、高野の訪問の度向けられるその視線が、病院の先生にどこか似ているのだ。
もう平気です、と咄嗟に視線を避けて俯く吉野に、高野は淡々とそうですか、と言っただけだった。そして鞄から書類を取り出し、今後のスケジュールの話をしてくる。その声もその姿も、それは吉野の良く知る高野の姿だった。
自分の思い違いなのかもしれないと、吉野はいつの間にか柳瀬が出してくれていたお茶を飲みながら高野の話に耳を傾ける。だらだらと日々を漫画を読みながら過ごすのも決して嫌いではないけれど、それと同じくらい漫画を描くのも大好きなのだ。特に今は自分では良く分からない理由で休んでいる状況で、本当は早く続きを描きたくて仕方がない。…その気持ちが、何故かいつも〆切には結び付かないのだけれど。
そう言えば、とふと高野が書類から顔を上げた。
「吉野さんは、所謂日本家屋がお好きなんですか? 前回のあの背景、あれは柳瀬さんではなく吉野さんが描かれたんでしょう? 凄い凝ってて少し驚いたんですよ」
そのせいであのデッド入稿だったなら、次からは柳瀬さんにお願いしたいのですが、と高野は少し笑う。
その高野に肩を竦めて笑い返しながら、吉野はさすがだなぁと思っていた。モブキャラではないただの背景なんて、余り人の個性は出にくい。それこそペンの入れ方の違いくらいだ。しかも吉野はいかにも少女漫画らしい可愛らしくデフォルメされたキャラクターを描くくせに、背景となると柳瀬に近い正確さが出る。そこを見分けて来るなんて、敏腕編集長の名はやはり伊達ではないらしい。担当編集として接する高野から出来る人だというのは十分伝わってはいたのだけれど。
高野が言ったのは、休載前の回の話だ。古民家に強い憧れを持つ吉野が、気分で今回のヒロインの相手役の家を古き良き日本家屋に設定した。前回はヒロインが相手役の家を訪問する話で、吉野はストーリーは元よりその日本家屋の背景入れに没頭した。そこだけは柳瀬にも任せず、自分で描きたいように描き切った。当然そのせいで、高野のいうようにギリギリのデッド入稿になったのだけれど。
「将来俺、ああいう家に住むのが夢なんです」
自分の好きなものの話になり、ついつい吉野のテンションは上がる。がさがさとテーブルの上の新聞の間に入り込んでいた古民家の間取り図を引っ張り出し広げて見せた。前回の資料に使ったものだ。
「こう、障子を開けたら一面手入れのいき届いた庭が広がるとか、朝は小鳥のさえずりで目覚めるとか」
話している内に吉野の中でどんどん妄想が膨らんで来る。
「春は桜満開の下で漫画読むとか、夏は縁側で寝っころがりながら漫画読んで、秋は紅葉狩りしながら漫画読んで、冬はコタツに入って雪見しながらミカン食って漫画読むんだ――」
膨らみ過ぎた妄想の世界に今まさに羽ばたかんと、両手を組み合わせてきらきらと光り輝く眼で虚空を見上げる吉野の後頭部に、容赦ない突っ込みが入った。柳瀬だ。
「千秋お前、そんな家の手入れ自分で出来んのかよ。この部屋だって全然片付けられないくせに」
柳瀬はこの間取り図の家よりは小さいけれど、似たような木造家屋に住んでいる。だからそういった家屋ならではの面倒な手入れのことをつらつらと挙げようとしたのだが――
「――――え? だって、ト、」
何かを、吉野は口走りかけた。
“誰かの名”を、吉野は口にしかけた。
気付いた目の前の二人が吉野を凝視する。
――けれど吉野は、そこで固まってしまった。
「…っ、――千秋!!」
柳瀬が吉野の両肩を真正面から掴む。ぎりぎりと、肩が外れそうな力で掴んで吉野の身体を揺さぶる。
「思い出せ、思い出してやれよ!! …俺はあいつが最期まで嫌いなままだったけど、でもやっぱり、お前に忘れられたままなんて、そんなのいくらあいつでもあんまりだ…!!」
俯いた柳瀬の前髪の向こうから、雫が、落ちて。吉野のジーンズの太腿を、濡らしていく。
「――――だって、」
柳瀬の嗚咽が響く中、高野の痛いくらいの視線が突き刺さる中、ただ黙って柳瀬に揺さぶられるままだった吉野が、ぽつりと、声を漏らした。
「だって、トリが言ったんだ。…“忘れてくれ”、って」
…羽鳥は、あの日、吉野と縁日に行く約束をしていて、その待ち合わせ場所に向かう途中に事故に遭い、そのまま運ばれた病院で息を引き取った。
それを知らず、携帯も自宅に置いて来てしまっていた吉野は一人で縁日を回り、そして自宅に戻ったところを柳瀬に捕まり病院へやって来た時には、もう既に羽鳥は眠った後だった。
だから、二人が会話を交わせるはずがなかった。
それを良く知る柳瀬も高野も、吉野の言葉に呆然とするしかない。それでも、呆然と二人が見つめる先の吉野は、壊れた玩具のようにただその言葉を繰り返した。……涙を、流しながら。
…トリが、言ったんだ、“忘れてくれ”って、“俺のことは、忘れてくれ”って――――
***
一年が過ぎた。
蒸し暑い夏の夜に大切な人を遺して一人眠ってしまった部下に、高野は一年ぶりに会いに来ていた。傍らには、小野寺。未だにツレナイ想い人だけれど、羽鳥のところに行くと言ったら一緒に行きたいと言い出した。
高野にも、そして小野寺にも、思うところが多々ある。大切な人を、一度は失ってしまった二人同士だから。
羽鳥は誰にも気付かれていないと思っていたようだったが、小野寺を除くエメ編の同僚たちはみんな羽鳥と吉野の関係を知っていた。そして、羽鳥がこうなり、周囲の言葉から二人の関係を知った小野寺。全員が、あの日あの晩、病室の前で知った吉野の異変にどれほどの衝撃を受けたことか。
それほど吉野にとっても羽鳥が大切な存在だったのだろう。でもそれでも、それで羽鳥の想いを二人の時間のその全てを、なかったことにするなんて余りにも酷ではないのか。全員がそんな苦い思いを抱き続けた。それなのにまさか、
(あいつがそれを、望んだだなんて)
大切な人を失う辛さは高野だって身に染みている。まさか再会出来るなんて思ってもいなかったから、比べるのは申し訳ないのかもしれないけれど、状況としては今の吉野と似たようなものだったと思う。確かに、立ち直るのには相当の時間がかかったし、正直、奇跡と思える再会のあの瞬間まで、完全に立ち直れていたかと聞かれれば否と答えるしかない。そしてきっと、小野寺と再会出来ていなければ、きっとずっと、一生引きずっていたのだろうと思う。
(そうはさせたくなかったのか)
――それほどまでにお前は、彼を愛していたのか。
羽鳥の墓の前には先客が居た。柳瀬だ。吉野のチーフアシスタントであり、吉野と羽鳥とは中学からずっと一緒だったという。
そしてどうやら、羽鳥とは恋敵であったらしい。羽鳥の死後、吉野の件で何度か高野は彼と連絡を取った。柳瀬はこちらが吉野と羽鳥の関係を知っていることをいつから気付いていたのか、特に隠しもせず色々と話してくれた。
当時は、「もうフラれてるし、忘れてるところを掠め盗っても意味がない」「ちゃんと消化するまで待つ」と言っていたが、今はどうなのだろう。
…今でも吉野は、羽鳥のことを思い出せてはいない。
この一年でたった一度、羽鳥が忘れてくれと言った、と涙を流したあの日、吉野が羽鳥の名を口にしたのはその一度だけだ。
「…高野さん、」
柳瀬に声をかけるかどうか迷っていた高野の背後から、逆に高野を呼ぶ声がして高野は振り向いた。そこに居たのはエメ編の連中、美濃に木佐、そして何故かブックスまりものアルバイト店員雪名も一緒だった。
高野を呼ぶ声に気付いた柳瀬もこちらを振り返っている。結局全員で、羽鳥の墓の前に並んだ。
「…その後、吉野さんの様子はいかがですか」
線香を上げて、手を合わせて。そうして立ち上がっても全員その場で何となく立ち尽くす中、高野は柳瀬に問いかけた。多分ここに居る全員が、言いたいことでもあっただろう。
もう高野は、直後のように頻繁に吉野の元を訪れることはしていない。あくまで一編集者と一作家という立ち位置を守り、そして二度と吉野本人に羽鳥のことを問うこともしていない。だからこの中で状況を良く知るのは柳瀬一人だ。
「…特に、どうとも。変わらないです」
柳瀬はこちらの方へ向くことはなく、ただ目の前の墓石を見据えるようにして答えた。その答えは、予想通りと言えば予想通り。羽鳥が嫌いだったと高野の前で公言した彼が、一人でここに居ることから十分に察しがつく。
それでも、やりきれなさが全員の胸に去来する。
あの日、二人の間にどういう不思議が起こったのかは知る由もないが、それでも羽鳥は吉野に自分の存在を忘れてくれ、と言った。今の吉野の状態は羽鳥の望み通りなのだろう。でも本当に、それでいいのか。本当にそれが、羽鳥の願いなのか、吉野にとって幸せなのか――唇を噛む高野に、柳瀬はちらりと視線を寄越して、少し微笑った。
「――“忘れてくれ”、なんて。最期までカッコつけやがって本当にムカつくけど、…でも千秋にとっても、その方が幸せなのかもしれないです」
あいつは産まれてずっと羽鳥に依存して生きて来たから。その羽鳥が居ないなんて、そんなの認識しちゃったら、あいつまで、生きていけないかもしれない。そう呟いて柳瀬は苦笑う。
小野寺が何かを言いかけようと息を飲んだのを、高野は制した。言いたいことは分かる。辛くても哀しくても苦しくても、生きている限り人は生き続ける。否応なく、それが自身の望みかは別としても、いつか時間が人を前へと進めてしまう。けれど多分、柳瀬が言いたいのはそういうことではないのだと、高野は直感で悟った。
そんな高野に柳瀬はまたちらりと笑みを零し、高野の直感を肯定した。
「…千秋は、絵を描くのが好きで、漫画を描くのが好きで、その次にぐうたらして漫画を読むのが好きで。家事とか食事とかそんなのは二の次三の次。そういうあいつを、二十九年間も好きだったんですよ、こいつは」
いや、そんなあいつの世話を焼くのが好きだったのに、こいつ本当馬鹿だな。こいつ、のところで目の前の墓石を軽く小突きながら。
変わって欲しくは、なかったのだと。自分の好きな吉野のままで居て欲しいのだと。それは、
「すんげえ、エゴ。筋金入り過ぎて寒気すらするね」
吐き捨てるように言い捨てて、柳瀬は背を向けた。
吉野千秋は、これからも生きていく。大好きな漫画を描き続けながら、ぐうたらと漫画を読みながら、羽鳥が居た頃と何も変わることがなく、羽鳥が愛したそのままの吉野千秋のままで生きていく。毎度〆切と闘いながら、時々壁にぶつかって悩みながら、――――大切な片割れを失ったことを知ることは、その哀しみ苦しみだけは知ることがないままで、生きていく。
辛いです、と小野寺が零した。自分が吉野さんだったら、そんなのやっぱり辛いです、と。
けれど高野は、案外自分が羽鳥と同じ立場になってしまったら、羽鳥と同じ選択をするかもしれないと、小野寺の手を握り締めながら思ったのだった。
***
眠っている間に見た夢を、覚えている人はどれだけ居る?
人は、一晩の眠りの内にどれだけの夢を見ているか知っているか?
…夢でいいんだ。俺のことなんて、一晩の内に見た無数の夢の中の一つでいい。
――――同じ夢が見れただけで、俺は幸せだ。
だから、俺のことは、“忘れてくれ”――――
それは真夏の夜の夢。
二人で縁日を回ってたくさんの屋台で買い物をしたことも。
いつかいつか遠い昔、二人で手を繋いで動物園に出かけたことも。
吉野が描く漫画を面白いと言ってくれたことも。
吉野が好きだと泣きそうな顔で告げてくれたことも。
二人で河原に寝転んで花火を見上げていたことも。
熱に浮かされるような時間を過ごしたことも。
いつでも、傍に居てくれたことも。
それはいつかの、真夏の夜の夢。
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