忍者ブログ

* それはとても、晴れた日で *

かきたいときに、そのときかきたいことを無節操に。

[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

【おそ松さん二次】クズはクズでもクズなりに【一松】
お兄ちゃんがお兄ちゃんしてるところを書きたかったっていうもう既にn番煎じな感じで。
たとえどんだけn番煎じでも、自分で発散して自分で消化することに意味があるのだ。それでいいのだ!!!!(開き直り)
それと十四松。まあ妄想するにあたって真面目に考えると、あの子にはあの子の理由があるよね、っていうのがわたしの十四松です。なので変わった子成分は大分低め。
その他諸々、Wikiのおそ松くんから大分設定拾ってます。





 握り締めた拳は、もう既に感覚が麻痺していた。


          ***


 今日も今日とてニートな六つ子の内が一人、四男松野一松は薄暗く汚い路地裏でしゃがみ込み、野良猫たちと過ごしていた。
 昨夜は次男カラ松がスロットで儲けてくれて、そしてあの小心者はパチンコ警察ならぬスロット警察が出動する前に自己申告を行い、とりあえず特上寿司を頼んで残ったお金はきっちり六等分。
 それを元手に本日の六つ子たちはてんでバラバラに飛び出していったけれど、一松は長男おそ松のようにギャンブルに余り興味がなかったし(やらないとは言わない。生活費に困ったときにたまに打つくらい)、カラ松のようにダサい装飾品に手を出すなんて馬鹿だと思っているし、三男チョロ松のように没頭している趣味などなかったし、五男十四松のように急に訳の分からないものに散財するほどネジはブッ飛んでなかったし、末弟トド松のようにオシャレも必要なく、また(人間の)友達も居なかったので、結局いつもより少しお高い猫の餌を買ってここで過ごすしかなかった。
 しかし一松はそれで良かった。最近は金欠が続き、なかなか猫たちに十分な餌をやれていなかったので、地面に置いた餌に群がって一心不乱に食べ続ける猫たちが心なしか喜んでいるように見え、ほっとするのを感じる。
 猫とは気まぐれで自己中心的な生き物だ。今は餌をくれる一松に甘えた顔して擦り寄ってくるけれど、きっと一松がこの路地裏を出た瞬間、今度はまた別の人間に尻尾を振って擦り寄るのだろう。それでいい。それがいい。一松は暇つぶしに付き合わせる対価に猫に餌を配り、猫はそれを受け取って一松に媚びを売る。両者の間にあるのは情ではなくある種の経済活動だ。
 (…なんて、)
 腹いっぱい満足するまで食べ尽した子猫が、ふみゃあと寝そべって一松に腹を見せながらウトウトしている。その腹をそっと撫でながら一松は自分の思考を嘲笑った。
 (『ホントはンなこと思ってないけど』)
 一松のもう自分じゃどうしようもないほど捻くれてしまった心の内は、とっくに兄弟たちに暴露されている。兄弟たちに暴露されたのと同時に、自分自身にもまざまざと突き付けてみせたのだ。今更、しかも今現在一人の状態で、それを隠してどうなるというのだろう。
 そう思うと、自然、一松の頬は緩んだ。自らの手に撫でられ、気持ち良さそうに喉を鳴らす目の前の子猫を可愛いと思う。これからもここの猫たちのため、兄弟たちの稼ぎをしっかり巻き上げていこうと(クズな)決意を新たにしたところで、不意に、隣の路地裏から乱暴な物音が聞こえた。


          ***


 自慢じゃないがこう見えて、昔の一松は真面目だった(注:兄弟比)。
 小学校までは兄弟たちとほとんど一緒だったので、兄弟たちの起こすトラブルに自然と参加する形になっていたけれど、中学に上がると少しずつ個人のコミュニティが出来上がり、家はともかく外では余り兄弟たちと一緒ではなくなった。
 そんな中で一松は割と普通の学生生活を送っていたと思う(注:兄弟比)。
 上の兄たち、特に長男は中学生になっても高校生になっても相変わらずトラブルメーカーで、結構マジな殴り合いのケンカとかもしていたような気がする。頭数や騙し討ちの戦略的にたまに六つ子全員招集をかけられることはあったけれど、実際の武闘行為を実は一松は余り経験していない。
 つまりどういうことかと言うと、一松は余りケンカが強くない。いや、はっきり言って、弱かった(それを知らずいつも胸倉掴まれるだけで涙目になる次男は馬鹿だなあと心底思う)。
 だから、隣の路地裏から明らかにガラの悪いヤツらが誰かに絡んでいるのが漏れ聞こえても、一松はどうするつもりもなかった。いや、ケンカが弱い云々ではなく、一松には関係ないことだったので。とは言え結構な大事になったら寝覚めが悪いから、もしヤバそうだったら警察でも呼ぼうと、ただそれだけの気持ちで一松は隣をそっと覗き込んだ。
 そうしたら。


 「…十四松!! トド松!!」


 ガラの悪い連中の背中の向こうに見えたのが見慣れた黄色と桃色だと認識した瞬間、一松は目の前の背中を蹴り倒していた、無意識に。
 急に開けた視界に飛び込んだ声と影に一松の二人の弟は一瞬びっくりしたように目を見開き、それが毎日飽きるほど顔を突き合せている兄の一人で、けれど最近じゃ聞いたこともない(十四松はつい最近聞いたはずだけれど)大声と普段次男にしか向けられない乱暴な行為が全くの他人に繰り出されたことに、やっぱり驚愕九割安心一割な顔をした。
 「一松兄さん!!」
 それでも立ち直りの早い末弟がボロボロと大粒の涙を撒き散らしながら、目の前の黄色い背中にしがみ付いたまま一松の名を呼ぶ。
 弟たちを囲んでいた連中が、突然倒れた仲間に驚いている間に一松はするりとヤツらの間を抜け、弟たちの前に立つ。……酷かった。
 「…一松にいさん」
 こんな時でもヘラリと笑う五男坊は、その姿は、ボロボロだった。
 自分たちと同じ顔のはずなのにふっくら柔らかそうに見える両ほっぺたは真っ赤だったし、右瞼の上なんてもう青くなってしまっている。ダランと伸び切ったパーカーの袖は引き千切られたように破られて手首の下でかろうじてぶら下がっている状態だし、破られた袖から覗く両手も半ズボンから下の両足も擦り傷切り傷青痣だらけ。笑って一松の名を呼んだ口元からはお約束のように血の流れが一筋。
 しかし、その背に守っている弟は全く無傷のようだった。


 「…ふーん…」


 弟たちの状態を確認したのは僅か一秒ほど。そうして一松は男たちの方を振り返り、とりあえず一番最初に目に付いた右側の男の顔に渾身のストレートを叩き込んだ。
 本当はケンカが弱い自分のストレートにどれほどの効果があるのか、なんてことを一松は考える余裕もなく、ただ殴った拳の痛みに少し顔を歪めながら、顔を抑えてよろけた男の隣に居たヤツの今度は急所を思いっ切り蹴り飛ばす。
 痛ェと叫んで蹴り飛ばした男が蹲るのを視界の端に捉えながら、さて次は、と思ったときには今度は一松が吹っ飛ばされていた。
 勢いよく突っ込んだゴミの山から身を起こすと、先ほどから蹴ったり殴ったりしてやったヤツら含めて六人の男が一松を取り囲みながら何事か喚いている。男たちが吐き捨てている言葉には全く興味がなかったけれど、そう言えば人数も把握してなかったと初めて一松は気付いた。
 しかし、それだけ。ああこいつらも六人かと、思うことはただそれだけ。別に相手が六人だろうが十人だろうが百人だろうが、一松には関係なかった。


          ***


 長男から末弟まで揃ってクズ。
 中でもズバ抜けたクズは自分だと一松は自負している(本来そこに自信を持っちゃいけないのだが、自信を持ってしまっている自分はやっぱりクズだとしか思わない)。
 ――――いいや本当は、クズなのは自分だけなのかもしれない。
 六人の男たちにサンドバッグにされながらも決して引かずに暴れ回りながら、一松は思う。
 確かに大人になっても全員無職だけど。ニートだけど。親のすねかじりだけど。
 たとえば、十四松。
 十四松は、本当は優しいのだ。普段は野球で鍛えた馬鹿力で兄弟たちを混沌の渦に突き落とすけれど、こんなときは絶対に手を出さない。いや、出せないと言った方が正しい。加減の知らない力を振るうのは兄弟たちだけで、それはただ十四松が兄弟たちに甘えているから出来ること。本来は優しく、そして気の弱いヤツなのだ。
 だから、たとえ自分にどんな危害を加えられようと、見知らぬ相手に十四松は何も出来ない。だから今だってただ、大事な弟が傷付けられないようにと守ることしか出来ない。それでコトが済めば誰も傷付かなくて済むと本気で思っている。相当馬鹿なヤツだと思うけれど、だけどきっと、クズではない。
 たとえば、トド松。
 甘えん坊の一番下の弟。みんなの弟。だから誰からも誰よりも可愛がられて、だからこそその分、みんなの本質を良く知っている。六つ子の中での立ち回りを一番上手にこなしてみせる。
 今だって、そうだ。本当は怖いのに、多分一松が来るまでずっと泣くのを我慢していた。自分が泣けば十四松がより自分を守ろうと躍起になるのが分かっていたから。十四松が自分が殴られてコトを収めようとしているのを見ているのはきっと辛かったはずだ、それが自分が背中に居るせいだと思うのは本当に辛かったはずだ、けれどどうすることも出来ないから、十四松の思いを汲んで、邪魔しないようにずっと身を縮めていたに違いない。見咎められることを恐れて、誰にも連絡も出来ないまま。もしも万が一にでも自分が傷を負えば、十四松が傷付いてしまうから。
 可愛さで誤魔化して裏では黒いことばかり考えているヤツだけど、誰より人の気持ちを考えられるヤツ。そんなヤツがクズなわけがない。
 だから。
 また吹っ飛ばされたけれど、一松はすぐさま立ち上がって弟たちの前に立ちはだかる。握り締めた拳は既に感覚がない。拳どころか全身熱っぽくてフワフワしていて頭もボンヤリして視界も狭く歪んでいるけれど。
 一松はクズだ。捻くれて素直じゃなくて優しくなくて根暗で、引きこもりで人間関係が上手に作れないからって作ることすら放棄して、どいつもこいつも馬鹿にしながら実は自分が一番馬鹿だと分かっていて、何かもう色々面倒臭くて、何もかも投げ捨てて諦めてしまった正真正銘人間のクズだ。
 でも。だから。
 だからこそせめて、弟たちを守ると誓っていた、遠い遠い、ずっとずっと昔に決めたその誓いだけは、せめて。


 暴力は恐怖を、そして恐怖は時に狂気を生む。
 何度殴り倒しても立ち上がり立ちはだかる一松に、男たちは間違いなく恐怖を抱いていた。けれど過度な暴力のせいで興奮しきってしまっていて、引き際を完全に忘れていた。暗く淀んだ十二個の目玉が一松を取り囲み、もう声も上げずにただ機械的に腕や足が振り抜かれる。それはきっと一松が動きを止めるまで続くのだろう。
 それでも構わないと、一松は降ってくる拳をフラリと躱して男の懐に入り込み、顔面に頭突きを入れる。頭突きを入れられた男の前歯は折れたようだが、その反動は一松にもダメージを与え、更に視界がぐにゃりと歪んだ。
 別に、いい。クズはクズなりに、同じクズと潰し合ってりゃいいんだ。俺は、クズだけど、どうしようもないゴミだけど、兄弟たちのために張れる何かがあるならせめて張りたい、上には兄が三人居て、半分に割れば弟の部類に入る自分だけど、それでも俺には弟が二人居て、いつも上の三人が俺たち三人を守ってくれるなら、だったらせめて俺は、下の二人を守りたいんだ――――
 いつの間に倒れていたのだろう、一松の、腫れ上がって僅かにしか開かなくなった瞼の隙間から見える視界には、気付けば両脇に立つコンクリビルに切り取られた空が映っていて、あ、ヤベ、と思って身体を起こそうとすると、今までずっと隅に身を寄せていた二人の弟の内、一番下の弟がついに悲鳴を上げた。
 「一松兄さん!! もうやめて!!」
 これ以上は死んじゃうよ…!!とワンワン泣き出す弟を、これまたボロッカスのもう一人の弟がワタワタと慰めている。ああ、せっかくずっと我慢してたのに、いや、結局はクズな自分が弱いから悪いのだ、ああほら、ついに倒れちまった自分から、あいつら今度は弟たちの方を見てしまった、ダメだ、ダメだダメだ、それだけは絶対にダメだ、
 「……お、とうと、たちに、」








 「――――弟たちに、手ェ出してんじゃねえよ」








 言うことを聞かない身体を何とか無理矢理半分起こした一松の目にまず飛び込んできたのは、兄弟揃いの色違いのパーカー、その、赤色。
 その赤色が振り切った腕の先に飛んでいく人の影と、飛んでいく軌跡を描くパーカーと同じ色の線。
 あ、と思う間もなく、次に見えたのは先ほど見ていた空の色。
 一松よりも背の高かった相手を片手に一人ずつ、頭を握り潰すようにして持ち上げ、そのままガツンとぶつけ合わせて、コンクリ壁めがけて投げ捨てる。
 ぼんやり事の成り行きを眺める一松の視界に、チョロチョロと緑が行ったり来たり。
 追いかけるヤツらが緑のすばしっこさに右往左往している間に、背後に立つはまたあの赤色と青色。
 一松がゆっくり瞬きをして目を開いたときには、既に赤も青も緑も別の場所に散っていた。
 (…おそ松兄さん)
 (…カラ松……兄さん)
 (…チョロ松兄さん)
 そうだった。一松の三人の兄たち、その長男は昔から六人の中で一番ケンカが強かったし(そして一松が知る限り高校生までは現役でケンカを続けていた)、次男は実は十四松も及ばない怪力の持ち主で(だから長男がしょっちゅうケンカの助っ人を頼んでいた)、三男は前線に立てる力はなかったけれど、そのすばしっこさで相手を攪乱するのを得意としていた(そして元々は長男とつるんでいることが一番多く、だからか良くケンカの場にも居合わせていた)。
 踏んだ場数と経験と強さが違う。勿論頭数的にも一対六より三対六の方が断然有利だろう。一松が先に暴れておいた分もある。それでも、その状況のひっくり返りっぷりに、気付けば一松は気が抜けていた。途端せっかく起こした身体がグラリと傾く。
 「一松兄さん…!」
 硬い地面に強かに打ち付けるだろうと予想された背中はしかし誰かの腕に抱き留められ、見やればそこには泣き笑いの顔をした末の弟。一松の胸に置かれた手にはしっかりとスマホが握り締められており、どうやらヤツらの目が自分に逸れた隙に三人の兄たちに連絡したようだとそれに視線をやった一松に気付いた弟は急に眉を吊り上げて、兄さんたち来るの遅すぎ!連絡したのに五分もかかって!と憤慨してみせるものだから、まあ末っ子らしく泣いたり笑ったり怒ったり忙しいヤツだと一松は思う。
 そしてもう一人の弟は、と動かない身体で何とか辺りを見回してみると、あの馬鹿は相変わらずヘラヘラと笑いながら兄たちの傍でケンカを見つめている。危ないからこっちに来い、と言うより前に、チョロチョロ動き回っていた三男の腕が男たちの一人に捕まってしまった。
 「…! チョロ、」
 「十四松! 卍固め!」
 末弟の腕の中から慌てて一松は身を起こそうとしたが、普段は何かと細かくてすぐに怒り出す三男は、今は至極冷静に傍に居た五男に指示を出す。
 そうして五男は今回は間違えないでちゃんと、三男を捕らえた男に力の限りの卍固めをかけた。
 そう、本当は十四松は、誰より優しく、誰より気が弱いヤツだから。馬鹿なフリしていつもかける相手を間違えるのはワザと。兄弟たちの争いを止めるために自分がピエロになる、そんな優しい優しい気遣い。
 兄弟たちが居るから、兄弟からのお願いだから、十四松はもう自分の力を出すのを抑えたりしない。三男を捕らえた男を沈めた後は、フラフラとケンカの場に混ざり、長男や次男と組み合っている男たちの頭を後ろからはたいて回る。
 そんなこんなで、あっという間に路地裏には六つの男の山が積み上がった。勿論、一松の大事な兄弟じゃない方の。


          ***


 「…ったく、やだねー、これだから馬鹿ってヤツは」
 そう言いながら長男は、男たちの懐から財布を抜いて、慰謝料と病院代な、とお札を抜き取ってニシシと笑う。
 「大丈夫か一松、十四松」
 次男は自分の拳に滲んだ血など目もくれず、とりあえずとハンカチを差し出しながら、未だ怒り収まらずといった様子で気絶している男たちに蹴りを入れている。
 「本当にもう、一松も十四松も無茶しないでよ! あーあーもう、ボロボロじゃないか」
 三男は次男のハンカチを受け取り、とにかく一松と十四松の目に付く傷や汚れを拭おうと躍起になっている。たった一枚のハンカチでどうにかなるものでもないのに。
 「トド松! 平気?!」
 五男は三男に顔を拭われながら、目だけをギョロギョロ動かしてたった一人の弟の全身を窺っている。
 「大丈夫、ありがとう十四松兄さん。一松兄さんも。おそ松兄さんもカラ松兄さんもチョロ松兄さんも、みんなみんなありがとう」
 末弟は末弟らしく可愛らしい笑顔を浮かべて目元に残る涙を拭い、そう言えば僕バンドエイド持ってるよ、と女子っぽいピンクのバンドエイドを十四松の口元の切り傷に貼ってやった。
 そんな五人を、一松はただぼんやりと眺めていた。今更ながらに全身が痛いし、普段の半目より更に半分しか開かなくなってしまった瞼は今にもくっ付きそうなほど重たい。ついでに頭も重たい。
 そもそも、六つ子の中で一番の引きこもりである自分が、こんな大暴れをして無事なわけがなかった。ケガがどうとかいう問題ではない、体力的なアレだ。眠い。そう、もうひたすらに、一松は眠たかった。
 なので、その欲望に逆らうことはせず、一松はその場にゴロンと横になる。仰向けに、この事件が起こる前に隣の路地裏で撫でてやっていたあの子猫のように。
 一松の五人の兄弟たちはギョッとして一松を取り囲んで上から覗き込んできた。一松ー、おーい、という呼びかけに答えるのももう面倒で、一松はまず大きな欠伸をしてみせ(そのときに切った口端と殴られたり蹴られたりした腹が痛んでちょっとイラッとした)、そしてパタンと瞼を落とす。
 「…一松?」
 「寝ちゃったの?」
 「仕方ないよ、一松兄さん今日すっごく頑張ってくれたもん」
 「一松にいさん、ありがと、おやすみ」
 横になっても硬いアスファルトの地面ではケガをした身体が変に痛み、脳は眠りを欲しているのに身体の刺激が意識を手放すことまでは許さず、グルグルフワフワと変な心地のまま目を閉じている一松のいつもより数倍ボサボサになった髪を、十四松が優しく撫でてくれた。やがてその手は一人分増え、また一人、そしてまた一人と増えていく。優しい掌に全身を撫でられ、今度こそ一松は先ほどの子猫のような気分を味わった。こんなに気持ちいいのなら、今度からもっとたくさん撫でてやろうと緩やかに遠のいていく意識の隅で一松が思っていると、急にフワッと身体が浮いた感覚がして、そしてすぐに身体の前面に暖かさが広がった。
 あ、誰かがおぶってくれたんだ、と一松が思ったときにはもう、硬い地面から柔らかな暖かさに身体を預けられた安堵から一松の意識は急速に沈み込んでいて、その誰かが発した言葉が後一瞬でも遅ければきっと聞き逃していたに違いない。


 「ありがとな、一松“兄さん”。弟たちを守ってくれて」


          ***


 長男から末弟まで揃ってクズ。ではないと一松は思っている。二十歳を過ぎても無職でニートで親のすねかじりで、そんな自分たちを世間がそう呼ぼうとも、一松は兄弟たちがクズではないことを知っている。
 それでも、自分だけはやっぱりクズだと一松は思う。
 捻くれて素直じゃなくて優しくなくて根暗で、引きこもりで人間関係が上手に作れないからって作ることすら放棄して、どいつもこいつも馬鹿にしながら実は自分が一番馬鹿だと分かっていて、何かもう色々面倒臭くて、何もかも投げ捨てて諦めてしまった正真正銘人間のクズだ。
 でも。だけど。
 クズはクズでもクズなりに。
 たった一つ、守ると決めたものはどんな手を使っても(どうせクズだし)自分がどうなろうとも(どうせクズだし)守ってみせようではないか。
 松野家四男松野一松は、昔から一番真面目で意志も強い男だった。








 (そんなお前を、誰がクズと呼べようか)

拍手

PR

コメント